「貴女は偉大ね。私は、貴女を是非書きたいわ。これほど執筆活動に対して書きたくて書きたくてたまらないっ!! って気持ちは初めてなの」

「ラズラ様。あの…私を書くとは?? 執筆活動とは?? 私、あまり…頭の回転がはやくなく……質問ばかりで申し訳ございません」

「貴女と…そうね。レオン様とアレン様の三人のお話が書きたいわ。うん。先程まで太陽神は筋骨隆々の神を想像していたけど、貴女みたいな美少女ってのにすると、受けると思うわ。
 お金の匂いがするのよ! 美しい殿方に挟まれる美少女ってなかなかよ。乙女の妄想は止まらないわ ふふふふふ。
 あっあと、私、実は本を書いているの。貴女は知らないかしら?
 〝薔薇の姫と聖騎士〟
 〝黄金の皇子と花売り〟
 〝コーディン神とツリィバ神の愛の行方〟とか。
 エルティーナは本は読まないのかしら。私の書いた話なんだけど。ボルタージュ国にも大量に輸出しているし、スチラ国はこの印税で潤っているわ。自分でいうのもあれだけど、乙女で知らない子はいないと思っているのだけど」

「〝薔薇の姫と聖騎士〟! 〝黄金の皇子と花売り〟!! 〝コーディン神とツリィバ神の愛の行方〟!!! 全部ラズラ様が!!!」

「あらっ。知っていらっしゃるのね! 嬉しいわ」

 エルティーナは、ラズラの言葉で興奮して顔が真っ赤だ…。

(「ラズラ様が。嘘でしょうっ!!! あの幻の作者様!!
 乙女は一人一冊は鉄則。と言われている、あの!!! 」)

 エルティーナは興奮してきて嬉し涙が瞳をおおう。

「私、私、大好きです。どれも大好きです。私、本は全部大好きですけど。あの三冊は特別です! 何度も何度も読んで、笑って、泣いて、胸が苦しくなって、そして…幸せになれます!!
 いつか、いつか、私も……あんな魂が惹かれ合う…そんな相手と巡り会いたいって……いい歳してまだ思ってしまうくらい。大大大好きなんです!!!」
 エルティーナは涙ながらに力説をする。

「ふふ ありがとう。あまり豊かではないスチラ国の為に名産を作りたくて、書き始めた物語だったんだけど。それほど喜んで頂けるなんて光栄だわ。とても嬉しい」

「感動ですわ。だって幻の作者様がラズラ様だなんて。女神様みたいでイメージ通り素敵ですわ!!」

 ラズラは、どこか不思議な魅力があるのだ。エリザベス様ともフルール様とも違う。一番近いのはお兄様……だと感じる。そう女性なのに…賢王の器。
 ラズラは細い。エルティーナの半分くらいしか幅がない。ブラックダイヤモンドのように輝く美しい艶やかな長い髪。瞳の色はブラックオニキス。オニキスの語り継がれる意味そのままの方…。
 《迷いのない信念を象徴する》…そんな雰囲気がある。

 キラキラした瞳で見てくるエルティーナに、ラズラはまた笑い出したくなる。

 先程の、エルティーナの無意識な煽りにあのアレン様とレオン様がノックアウトされ。それがかなりツボにはまり、ラズラは笑い過ぎて今現在進行形で腹筋が痛いのだ。

「貴女は、私を大絶賛してくださるけど。嫉妬とかはないのかしら。私は貴女よりコシがある髪でさらさらだわ。肌の色も白く美しいわ。
 悔しくないの? 自分より優秀な人がいたら、叩き潰したくならないの?」

「た、叩き潰ぶす!? ……そこまでは思いません。けど嫉妬はします……羨ましいとは思います。
ラズラ様は私の理想の姿ですし。素敵だとは思います。なので、近くにいると嬉しいですわ。私も理想に少し近づけた気がします」

「私が理想!? 何故? こんなにグラマラスで天使みたいな貴女が、私を理想だなんて。頭がおかしいのかしら?」

 ラズラは胸を触るのが趣味なのか? …、また掴んでくる。ラズラに掴まれた胸をみてエルティーナは、ぼーとする。

 間違いなくラズラはエルティーナの理想そのもの。それはアレンの好きなタイプだからだ。華奢でスレンダーな肢体やハッキリした濃い色合いの髪や瞳は彼の最も好むところ。
 エルティーナの全てが淡い色彩の見た目とは両極端に位置している外見。この際自分の見た目が一般的にはどう見えているか、ということには全く興味はない。
 あくまでアレンの好みかどうかが、エルティーナには最重要だった。再度ラズラを視界に入れれば、全体的に薄ぼんやりした色彩の自分の見目が嫌で、さらに涙が溢れてくる。

「ラズ。そろそろ絡むのは、止めるように。胸も触らないように。エルティーナが可哀想だからね」

「ふんっ。そうねグリケット様が言うなら止めるわ。ごめんね、エルティーナ。でも柔らかくて素敵だわ」

「……ありがとう…ござい…ます」

「嬉しくなさそうね。胸が大きいの嫌なの? …えっ…あっごめんない。も、もう泣かないで、ごめんなさい。そんなに嫌だったの?」

 エルティーナは死んだ魚のような顔になっていて、可愛らしいブラウンの瞳には涙の膜がたっぷり張り付いている。流石のラズラも虐めている気持ちがし、あたふたしてしまう。

 エルティーナが「ごめんなさい」と言って、後ろを向き涙を拭いている時、グリケットはラズラに小声で話しかける。

「今のは、ラズが悪いよ。人の気にしている事を、異性の前で話のネタにするのは良くないよ」

「…気をつけますわ」

「ラズ。後ね、アレンを煽らないように。あの子はエルティーナに関して、一切冗談が通じないからね。女子供関係ないから、アレンはね、エルティーナか。そうでない人か。で人を判断しているから」

「何それ、恐いわ。でも…おいしいネタね」

「やめなさい」

 静かに会話を繰り広げていた、グリケットとラズラ。長年連れ添った老夫婦みたいだ。


「グリケット。ラズラ殿。おめでとう」

 突如、重低音の大きな声が聞こえてくる。その声に一番早く気がついたのがエルティーナだった。

「お父様、お母様? 何がおめでとうなんですか??」

 ラズラは国王夫妻に質問を投げかけたエルティーナに微笑む。
「少し待ってね」と可愛らしくエルティーナの指と自身の指を絡ませて質問を止めた。そして国王夫妻に身体を向け優雅に腰をおる。

「陛下。王妃殿下。この度はこのような場に参加させていただき、光栄の極みに存じます。広い御心で長い滞在もお許しいただき胸が高鳴る所存です」

 ラズラは凛とした声で、ボルタージュ式の挨拶をした。

「綺麗…」

 ラズラに向けるエルティーナの気持ちはその一点だった。美しい所作と堂々としたものいい。大国ボルタージュ国王のお父様と対等に感じる。その光景から目が離せなかった。

「ふむ。グリケットとラズラ殿が夫婦となって、スチラ国とボルタージュ国の大きな架け橋になってくれ」

 静かに聞いていた、エルティーナ。衝撃的な会話に目が点に。「今なんて…」

「あら? 貴女達、楽しそうに話しているから。もうエルは知っていたと思っていたんだけど、違うのかしら」

「友人にはなりました。ですが報告はまだです。エルティーナへの報告を致しますわ」

 そう言って国王夫婦から目線を外し、エルティーナに向き直った。

「ごめんなさいね、エルティーナ。今から報告を聞いて。
 グリケット様と私、ラズラは結婚する事になったの。実は、グリケット様とはお手紙で何度かお話をさせていただいてて。グリケット様と共にこれからの人生を歩いて行きたいと思い。恥ずかしながら私からグリケット様に結婚の申し込みをさせて頂いたの。
 びっくりした?」

「はい…びっくりしました…」

 人は本当に驚くと思考が止まるのだとエルティーナはこの時、改めて分かったのだ。

「…でも、…素敵! 素敵ですわ!! 叔父様とラズラ様が結婚だなんて!!! おめでとうございます。なんていったら良いのかしら、胸がいっぱいで言葉がでないわ」

「ありがとう。エルティーナ」

「では、兄上。久しぶりに飲みましょうか。もう長く一緒にはいられませんからね。引退したら、是非スチラ国に長期滞在してください」

 グリケットは、そう言って歳の離れた兄に尊敬の念を込めてながら微笑んだ。
 お父様と叔父様がこの場をさり、女性だけの場になった。

「うん? エル、アレンはどうしたのかしら? エルのお守りも兼ねて、アレンも晩餐は一緒にと伝えたはずだけど? 一緒ではないの?」

「王妃殿下。アレン様とレオン様は今、大事な用に出掛けております。しばらくすると来られると思いますわ」

「あら、そうなの。では。私はバルデンとキメルダの所に行くわ。エル、ラズラ嬢と仲良くするように。知識豊富な方だから、色々教えて貰いなさいな」

「はい。お母様」

 エルティーナは、颯爽と歩いて行く母を見て、その後ろ姿が「何故か凄く楽しそう?」と不思議に思い首を傾げる。本当に不思議な母である。
 エルティーナが母の後ろ姿に釘付けになっているとラズラが腕を引く。

「エルティーナ。やっと、来たわ。ほらっ。貴女だけの麗しき騎士様」

 ラズラ様の言い回しが何故かとても恥ずかしい。

「ラズラ様…別にアレンは私だけのではなくて、ボルタージュ国を護る騎士です…わ…」

 ラズラと会話しながらも、超絶美貌のアレンにエルティーナの胸の鼓動は高鳴る。
 どれほど長く一緒にいても、十一年前に恋に落ちた気持ちから一向に覚めることがない。


「……エルティーナ様。…先程は失礼致しました」

「先程?? …別にアレンは何も失礼な事をしていないわ。グリケット叔父様が何故か突然、グラハの間に入れって背中を強く押すから…。それにびっくりしただけよ!! 大丈夫だわ」

「まあ!! エルティーナ。その言い方ではグリケット様が悪者みたいですわ。彼は救世主なのよ。そうよね アレン様。
 エルティーナに力一杯拒否されて軽蔑されて、顔もみたくないと気持ち悪がられる未来にならなくて、本当に良かったじゃない」

「…はい…ありがとうございます」

 ラズラは頭が良すぎる為、どうしてもエルティーナには二人の会話の内容が理解出来ない。アレンとラズラ様は分かっていて話をしているようだ。

 エルティーナだけが、分からない。同じ場にいて同じように時が経ったはずなのに…。

 王女なのに違いすぎると感じ、気持ちが沈む……。教えられた事を教えられたままにしか理解できない自分が本当に惨めで仕方ない。
 でも分からないからといって、落ち込んでいても何の解決にもならないのだ。エルティーナはフリゲルン伯爵の妻になる。今までと同じではいけない。前に進まないといけない。そう気合いをエルティーナは入れ直した!

「ラズラ様! アレン! 私、先程から二人が話している内容が全く理解できてないの。理解出来ない私が悪いのだけど…。私なりにしっかり考えたいの。
 何故グリケット叔父様が救世主なのか!? 内容を踏まえた上で教えてくださいませ」

 まるで今から帝王学を習うのか? という姿勢のエルティーナに、ラズラはまたも笑いを我慢している。
 アレンにいたっては無表情で、エルティーナと目線を合わせない。

 そんな二人に、エルティーナは怒る!!馬鹿なのを承知で、頭を下げて教えを請うエルティーナに対して、二人の態度は許せない。

「分かりました。私は、飲みものを頂きにいきます。お二人は仲良く討論なさってください。しばらくあなた方の顔を見たくないです」

 姿勢を正し、しっかりと軽蔑の眼差しで二人を睨み。エルティーナは、その場を後にする。ムカムカする気持ちを抑える為、そして癒やしを求めて可愛い甥っ子であるクルトとメフィスのいる場所に向かう事を決めたのだ。

(「ラズラ様のいじわる!!! アレンの馬鹿! 阿保!! 分からずや!!!」)と心の中で悪態をつきながら。


「……かなり、怒ってるわね。正直にお話しをした方が良かったかしら?」

「いいわけ、ありません」

 アレンは半ば呆然としていた。まさかエルティーナからあんな風に言われる日がくるとは…。
 自分が〝男〟である事が嫌になったのは、後にも先にもこの時だけだった。