「フルールお姉様!! 大変お待たせ致しました」

 今が夜である事を忘れるくらい…晴れやかな笑顔のエルティーナ。
 目線は少しだけ下、淡い水色のドレスの端を指で掴みわずかに腰をおとす。王女らしい完璧な所作で、エルティーナはフルールに挨拶して見せた。

 完璧な挨拶を見せたエルティーナをフルールは素直に美しいと思う。
 今までの野暮ったい「それをドレスと呼ぶのかしら?心外だわっ」という姿でも、エルティーナは大変美しい子ではあった。だが今日のドレスが一番、彼女の魅力を引き出している。
 心の底からエリザベス様と見に来て正解だったとガッツポーズ。久しぶりに目の保養をさせてもらった。
 …しかし…ここで大きな問題がフルールをおそう。フルールは別にエルティーナを呼んでないし待ってない。

(「エルティーナ様…何故そんなキラキラ笑顔……?」)

 ちらっと、旦那様であるキャットを見ると…エルティーナと違い苦しげな笑顔…。


「…えっと…フルール。エルティーナ様にオススメしたいお菓子があるんだよね? エルティーナ様も青年貴族ばかりの相手は、疲れると思って連れてきたよ」

(「……うっ。」)

 今聞いたフルールの知らない用事。何かあるのだろうと推測し、誤魔化す為にエルティーナに笑って見せたところで、己を上回るキラキラした笑顔でこちらを見てくるエルティーナに軽く引く。
 十九歳にもなって、殿方よりお菓子がいいのかしら…と残念な気持ちが溢れてしまう。

 細い首筋。こぼれんばかりの綺麗な形の乳房。コルセットで締め上げられた細いウエストは、手を添えて引き寄せたいと思わせる。腰は優美に張っていて、シルクのドレスを緩く持ち上げており、その中身を暴きたい姿である…。

 思わず唸る。エルティーナ様!! その武器は、殿方に見せて、酔わせて、はじめて、武器になる!!
 のに…本人が…お菓子にキラキラ…だとは…三歳になる我が息子と同じレベル、残念すぎると撃沈。宝の持ち腐れだ…。

 だいたい何故、お菓子。先ほどキャットを引きずっていった…アレン様に関係しているのだろうが。
 殿方と引き剥がす理由がお菓子だなんで…エルティーナがそれで納得しても、周りのエルティーナへの品位の評価がさがる。
 フルールは評価をし合い互いを蹴落とす女の園で、常に上位にその身を置いてきた実績がある。だからこそ詰めの甘い夫に怒りが湧いてくる。

 (「キャットもまだまだね!!…後で…しめるの決定だわ」)

 フルールのこの戦略を練れる思考は脱帽もの。流石、次期宰相候補キャットの妻だけある。見た目とのギャップがありすぎる末恐ろしい人であった。


「エルティーナ様。お菓子は、すぐ持ってこさせるわ。いつエルティーナ様がいらっしゃるか、わからないものでしたから下げていただいたのよ。
 ごめんなさいね。
 うふふふ。あっでも、こちらのクッキーもシナモンの香りが上品で美味ですわよ」

「はい! ありがとうございます。頂きますわ」

「ふふふっ」

 誤魔化しながら、フルールは小声でキャットに指令をおくる。

(「あなた。ブランドや産地はこの際なんでもいいわ。チョコレートを持ってきてくださらないかしら」)
(「チョコレートだね…了解。…ごめんね、フルール」)
(「なんの事ですか。構わなくてよ」)

 フルールは、優しく穏やかにキャットに微笑んだ。



「エルティーナ様。このクッキーのお味はいかがかしら?」

「美味しいです!! とても!!!」

「良かったわ。エルティーナ様、今日はブルッキャミア自慢のデザインドレスですわね。髪にも宝石…ダイヤモンドが編み込まれているわね。完璧です。
 本当に素敵で…エルティーナ様ごとお持ち帰りしたいぐらいですわ」

 淑女はまず褒める。褒める所がなくても、絶対に褒める。これはフルールの中での鉄則。それがフルールが常に社交界のトップクラスに君臨できる理由であった。
 どんな人間でも的確に褒められて嫌と感じる人はいない。


「えっ? これが、ブルッキャミアのドレスなのですか…?」

 知り合い(フルールとキャット)との会話に気が抜けているエルティーナは、両手で軽く眼下に広がるドレスの一部を持ち上げて、前かがみになりドレスに顔を近づける…。

 レオンに言われた『そのドレスで、前かがみになるな』という忠告をまたも忘れていたエルティーナだった。


「なっ!?!?!?」フルールにとって、ここ最近ではトップクラスの衝撃だった!!

(「エ、エルティーナ様!!!! なんて格好を!!!」)

 フルールは、ガツ。とエルティーナの顎を掴み思っきり上に持ち上げた。
 あまりの衝撃的な出来事にエルティーナは、びっくり! の後…可愛いらしいブラウンの瞳が潤みはじめている。

(「何? バカなの、この子は???」)

 柔らかそうな胸の、可愛らしい桃色の頂きが丸見え!!!

(「この子は!!!」)

 怒鳴りたい気持ちをグッとこらえる。色々ハマったピースをおもい、肩をもつ相手はアレンだった。泣きたいのは、エルティーナではなく、十中八九アレン。
 はじめて見る余裕のないアレン様。血相変えてキャットを連れて行ったアレン様の気持ちが胸に痛い…。
 アレンのお気持ちに気付きもしないくせに、煽るだけ煽る。能天気もここまでくれば犯罪だと、フルールはエルティーナにさらに怒りをおぼえた。


「エルティーナ様! そのドレスで前かがみになるのは、およしになって。胸の頂きまで丸見えですから。
 殿方をベッドに誘う為にワザとであればいいのですよ。
 そうでなく、されていているのであれば、凌辱されても仕方ないですわ!!」

 怒りをこめて、エルティーナに諭す。

 分かっている…分かっている。何か…あるんだと。
 メルタージュ家に嫁いでから…聞きたい事、疑問に思うこと、たくさん、たくさん、あった。アレン様の事は…とくに…。
 ただ…キャットが、愛しいあの人が、「兄上の事については一切触れないでほしい…」と苦しそうに話すから、見ないフリをし知らないフリをして過ごしてきた。
 可愛くて、憎たらして、でも…ほっとけなくて、抱きしめたくて、たまらないエルティーナ様…。
 フルールは決してエルティーナ様とアレン様の事に口出しは出来ない。でも…二人が夫婦になってほしい。本当に…そう思っている。

 決して言葉にできない思いを胸に、フルールは息を吐き怒りを鎮め、諭すようにエルティーナに遠回しに思いを伝える。

「怒鳴って悪かったわ。でもね、愛する殿方以外の人に見せちゃだめなの。分かった?」

 フルールは、エルティーナのふっくらした甘い林檎のような頬を、軽くペシペシ叩いて微笑んでみせた。