ボルダリングの壁を見上げた瞬間、瑠可は思った。
何処かに登頂する予定もないし、もう帰ろう。
いや、此処に居るほとんどの人が、山に登る予定はないのだろうが。
そういう気分だった。
眞紘(まひろ)に、
『最近よくテレビとかでもやってるあれ。
ほら、壁登るやつやらない?
女の人もいっぱいやってるってよ』
と軽く言われ、そのときは、やってみたいかなあ、なんて思ったのだが。
……紐、ないんだ。
テレビで見たときには、コンサート会場で浮き上がる歌手のような紐がついていた気がしたのだが、そんなものはない。
ロープを使わずに、手軽に登れるクライミングが、ボルダリングなんだそうだが、まったく、手軽そうでない。
下に落ちても大丈夫なように厚いクッションが敷いてあるが、怖いものは怖い。
しかし、結構高い料金を払ってしまっていたし、靴も借りた。
なにより、眞紘がやる気だ。
もう後戻りできない感じがしていた。
トレーナーのお兄さんに話を聞いている眞紘は、勢い余っている感じだった。
壁の横の自販機が目に入る。
私はあれを買って、片隅で茶を啜っていたい。



