「私と、二股かけてたってことよね?」

返す言葉はない。二股という言葉には抵抗を感じるが、やっていたことは確かに二股だ。

「本当にごめん」

綾香は目の前のしずくで濡れたビールグラスを握ったまま、どこを見るでもなく視線をとめたままだった。
そしてようやく考えがまとまったというように、優の顔を見た。

「優君、悪いけど、私、素直に別れないから」

キャリーケースを乱暴に引きずって、綾香は店から出ていった。

すぐに綾香のグラスをさげにきたウエイターにもう1杯ビールを頼み、優は考える。

「素直に別れない」と綾香は言った。
夫婦だったら「別れない」と言って離婚届に印を押さず、戸籍上の関係を保つことはできる。
けど、それ以前の恋人同士の場合はどうなのだろう。

“別れる・別れない”を決めるのは感情だけで、他にカップルと言う関係を縛りつけるものは何もない。

ウエイターが2杯目のビールを持ってきた。

優は一気に飲みほして店を出た。