あのときの行動が、彼なりの精一杯の誠意だったのだと、今ならわかる。
数日後、とある日曜日の午前中。遅めの朝食を摂っている私のところに、更に遅く起きてきた兄があくびを噛み殺しながら言った。
「ミキ、今日暇だったらちょっと付き合わない?」
台風が去った後みたいな寝癖の付いた髪を掻いて兄は言う。それからやかんに水を入れて沸かし始めた。
「は? なんで? どこに?」
兄妹でどこかに出掛けるなど、余程のことがない限りしない。私は眉根を寄せて思い切り嫌悪の表情をして聞き返した。キッチンにいる兄には私の顔が見えないらしい。気にする素振りもなくそのまま話を続ける。
「いやー、サトのやつがさ、今日カノジョを家に連れて来るんだってよ。おれもまだその子に会ったことないし、お前も気になるだろ?」
やかんの水が温められて、しゅしゅしゅ、と小さな声を上げる。少しずつそれは大きくなって、やがてやかんの口に取り付けられた小さな空気穴から、ぴいいい、という悲鳴になって、部屋に響き渡った。コンロの火を止めるカチッという音の後に、インスタントのコーヒーの匂いがゆっくりと漂ってくる。その匂いはまるで、花が咲き、そしてこれから枯れるのだという合図のように、強く、芳醇だった。
私は手に持っていた食べかけのトーストを無理やり口に押し込んで牛乳で流し込み、席を立った。
「気になるけど私はいいや。明日提出の課題があるからやっちゃわないと」
空になった皿を持ってキッチンの流しに置きに行く。キッチンで立ったままコーヒーを飲んでいた兄はマグカップから口を離して目を丸くした。
「お前いつからそんなに真面目になったんだ? 本当にウチの子か?」
「受験生ですから」
怒りを込めたような声色で強めに言葉を返した。そうしないと、声が震えてしまいそうだったから。


