私の三十センチメートル



私は彼に聞こえないような小さな溜息を零してから聞き返した。


「サトくんはモテたりしないの」

私は意地悪な質問をした。


「モテないよ」

即答。期待した通りの答え。この答えを聞きたいがためにした質問なのだ。

彼は続ける。


「そもそもあんま人に好かれる性質じゃない、理屈っぽいらしいし」

確かに。というか自覚してたんだ。びっくり。


「それお兄ちゃんに言われたの?」

「うん。お前はいつも理屈っぽい、これだから頭の良い奴は嫌いだって」

「ご、ごめん……バカな兄で……」

なんて幼い発言をするんだバカ兄貴。まったく。


「いや別に、ミキちゃんが謝ることじゃないから」

不意に頬を緩めて笑う。胸がきゅう、と音を立てた。


「……私は好きだけどなあ。サトくんの理屈っぽいところも」

それ以外も、ぜんぶ。


てく。てく。てく。三歩歩いたところで私は立ち止まって振り返った。彼が隣に居なかったからだ。


「どうしたの?」

彼は三歩前の場所で立ち尽くしている。地面をじっと見つめたまま動かない。ふと風が強く吹いて私の視界を長い髪の毛が遮った。鞄を持っているのとは逆の手でそれを押さえつける。


「サトくん?」

名前を呼ぶと彼は顔を上げた。夕焼けに照らされて彼の頬が仄かに赤く染まっている。薄く固そうな唇がゆっくりと開かれる。


「……言わなきゃいけないことがある」

「なに?」

「本当はもっと早く言わなきゃいけなかったんだけど」

なんだろう。彼の視線が痛い。ぴりぴりと張り詰めたような、居心地の悪い雰囲気だ。


「おれ気付いてたんだ。ミキちゃんがおれに──」

「わ、私! 今日お母さんにおつかい頼まれてたの忘れてた、ごめん、もう行くね」

悪い予感を察知して、私は反射的にその場から逃げた。小走りだからという理由では説明しきれないほどに心臓が痛い。喉の奥がツンとする。彼は今──


(今、なに言おうとしてた……?)

背中に感じる彼の視線と、その奥で息衝いている私への答えに、唇を噛み締め、胸の痛みに耐えた。