一方、問題の離れ。
「姫様!!」
睡蓮が焦った声で露李を呼んでいた。
「はーい何ですか?」
パタパタと向かった先には人参を手に目を見開いている見るからに悪な男。
長髪をまとめてポニーテールにしているが、様になっているのが不思議だ。
「これ切れねえんだよ!」
「そんなことはありません。もう一度やって見せてください」
ここは台所だ。
露李が彼らに自炊を教えているのだが、これが何とも難問なのだった。
「あの!人参は横に!まな板に横に置くんですよ!」
至極当たり前のことを叫ぶ辺り、成果があるとは思えないのが悲しい。
「姫様、煮物ができましたわ」
宵菊はいつも有明の世話をしていたので造作もない。
「あ、じゃあ少し冷ましておいて下さい。秋雨さんは終わりましたか?」
「……いや。完璧な味噌汁を作るために、鰹節を削っているところだ」
「そこからですか」
生真面目な秋雨はよく度が過ぎるような気がしているが、気にしない方が良いと露李は学習していた。
露李とて料理はそこまで得意ではないのだが、基礎はできているはずだと自負している。
睡蓮をどうしたものかと考えていると、ガラリと戸が開く音がした。
睡蓮、宵菊、秋雨がぴくりと手を止めて音がした方向に意識を向けた。
「…大丈夫です、文月先輩と兄様みたいなので」
にっこりと笑う露李に三人は、ホッと安堵の息を漏らした。
「露李姫の力は凄まじいな。さすが花姫の再来だ。いつから分かっていた?」
「音がしてから解放しただけです。いつもは抑えてます」
秋雨の問いに困ったように髪を撫でる。
力を解放したままにしておくと、どこに誰がいるかなど情報が多く入りすぎるのだ。
「扇莉が亡くなってから、ここに置いて下さっている貴女には感謝しかない。ありがとう」
鰹節から目を放し、秋雨は露李に頭を下げる。
露李はまた困ったように笑い、着物の袖を捲り上げた秋雨の腕をじっと見つめた。
そこには結界の時と同じ、八重桜とくちなしの紋が刻まれている。
睡蓮と宵菊にも同じものがあるはずだ。
「でも、条件付きです。貴方たちの出せる力を元の半分に封じています。だから、そんな風に言わないで下さい」
守護者と海松から出された条件だった。
「当然のことだろ。俺たちゃ敵同士だったんだ、信用しろなんて無理な話だぜ。居場所をくれるだけでも有り難えってのに」
睡蓮が何でもなさそうに言った。
彼らには、存在しているという証明が無い。
秋雨は鬼の今までのように姿を隠して生きていたし、 睡蓮は路頭に迷っていたところを有明に拾われ、宵菊は裏社会のオークションに出されていた所を有明に買われたらしい。
そんな彼らを放って勝手に生きろなどと言うのは、露李にとって何より酷いことに思われた。