修道院長が家庭教師を命じ、その命に従いマリアはある大きな家を訪れる。
山々に囲まれ自然豊かな地でのこれからの生活の期待を込め、玄関の扉をノックした。


コンコンー。


「…どちら様です?」

出てきたのは穏やかな雰囲気の老婆であった。身にまとった衣服には皺や解れは一切無い。

そこでとびきりの笑顔で自己紹介をした。

「はじめまして!私、マリアと言います。修道院でこちらの家庭教師を命じられやって参りました」

家庭教師ねぇ…とジロリと見る。

「あ、あの…このお宅のお婆様でいらっしゃいますか?」

マリアの言葉に老婆は吹き出した。

「ふふ、いやねぇ!私は家政婦よ。
まぁとにかくお上りなさいな」

中に入ると広々とした玄関で、奥の部屋まで案内された。
豪華な装飾品の数々に「わぁ…」と辺りを見回して感動するマリア。

ここで家政婦のセリフが入る。


「えっと…あ…。
まだ旦那様は戻られませんのでごゆっくりなさっててくださいな」


家政婦役の部員は手に持った台本を読みながら演技をする。
他にもキャストのほとんどは台本を見ながら演技をしてる部員が多かった。


一定のリズムで近付いてくる足音。
これが誰の物なのかと悟ったマリアは椅子から立ち上がるとくるっと後ろを向いた。

背筋を真っ直ぐ伸ばした優はニコリともせずに歩いてきた。

部屋に入ってきた人物と目が合う。
自己紹介を…と口を開きかけた途端、

「…君は?」

「あっ、はじめまして!私こちらで家庭教師として命じられたマリアと申します!」

「家庭教師?…あぁ」
修道院から来たのか、と呟く。

「私はトラップ大佐。いや、しかし私の想像とは違いましたね」

「何のことです?」

「修道女とはもっとお淑やかで慎ましく、品があるものだと思っていましたが…」

その含んだ言い方で何が言いたいのかは察し、すみませんとマリアは告げる。

「当家に来た家庭教師には教育方針に従ってもらいます」

無表情で淡々と業務報告のように告げるだけのトラップにマリアは疑問を抱く。


「教育方針…ですか。
こんなに素晴らしい自然に囲まれているんですもの!毎日外を駆け回ったら、どんなに気持ちの良いことでしょうね!」

自然の素晴らしさに笑顔になるマリアを見て、抑揚も無しにトラップは言う。

「何を仰ってるんですか」


手には持っているものの、ここまで昴と優は一切台本を見ていない。
周りのキャストとステージ下にいるスタッフの部員たちは驚きながらも2人の演技を見ていた。


「外で遊び回る?そんな無駄なことはさせないでください。この家で大事なことは規律と秩序。毎日定時に起床し体操をさせた後、午後は必ず勉強を。そして就寝は夜9時。何があろうとも例外は一切認めません」

トラップは「私の言うことは絶対です」と付け加えた。

「え…?それって遊ぶ時間は無いんですか?外で走り回ったり、空を見ながら歌ったり、夜には布団に潜って内緒話をしたり。そして何より…お父さんとの触れ合いは?」


「マリアさん、私の言うことが出来ないならば辞めていただいて結構。ここで家庭教師をやるからには当家のしきたりに従ってもらいます」