9月最終日、珍しく放課後まで残っていた昴は荷物をカバンの中に纏め帰り支度をしていた。
水島が迎えに来ると言った時間まで30分近く残っている。


誰もいない教室で1人、やることもないなら台本を読もうと取り出したその時だった。


勢いよく開いた教室のドアにびっくりして肩を竦める昴。
入ってきたのは同じクラスの女の子だった。


「櫻井さん!!」


「た、田中さん…どうしたの?」


あまりの勢いに後ずさる昴の肩を掴み、彼女は懇願した。


「ねぇ、お願い!舞台に出て欲しいの!」
真剣な眼差しで訴える。


「もう私には…演劇部にはあなたしかいないの櫻井さん!!」


どことなく言葉がセリフ調なのは彼女が演劇部だからか、とようやく気付く。


「ま、待って田中さん、話が掴めないんだけど…」


「説明は現場でするから来てっ!」


勢いよく腕を引かれ、咄嗟に左手で掴んだカバンを肩にかけ走らされた。
そうして連れて行かれたのは体育館…の前にある大きなステージ。


Tシャツとジャージを来た生徒たちがずらりと並んでいた。
みんな演劇部員なのであろう、額には練習した後かのように汗が浮かんでいた。


「みんな集まって!」


部長の掛け声で一斉に集まる部員たち。


「みんな知ってると思うけど…彼女、
櫻井昴さん!」


ざわざわと騒ぎ出す部員たち。


「田中さん、これどういうこと?」


「あのね…実は…」


田中の話はこういうことだった。
毎年文化祭で演劇部は発表をしているのだが(学校の名物でもあるらしい)、主役が怪我をしてしまい代打を探しているという。


「うちの部には3年がいないから、1・2年で探さなきゃいけないの」


「それはわかったけど…なんで私?
こんなに人数いるんだから部員さんの中で選んだ方がいいんじゃない?」


本来ならそうするべきなんだけど…と田中は続けた。


「本番まで3週間。やるのは文化祭最終日だけなんだけど、その短期間で出来る人間がいないの。それにうちの学校には女優がいる。だから無理を承知でお願いしようってなって」


そこまで言い切ると田中は俯いた。


「3週間か…確かに時間ないね。
その舞台は何をやるの?」


「今年の演目は…」
と田中が口を開いた瞬間、


「部長!お連れしました!!!」


体育館の重い扉を開けて部員の1人が入ってきた。
逆光で見えにくいが後ろにもう1人いるように見える。


2人が近付いてきて、ようやく後ろにいる人物が誰なのか昴はわかった。
目が合った瞬間、昴は「何でいるの!?」と驚く。
相手も同じような顔をしていた。


田中は咳払いをしてからもう1人の人物を紹介した。


「2人目の役者さん…
俳優の宮藤優さんです!!」