「お疲れ」
その日の夜、撮影を終えた昴は楽屋に戻ろうと廊下を歩いていると後ろから肩を叩かれた。
「優…お疲れ様」
「元気ないじゃん、どうした?」
と聞き返す。
アクションシーンを撮影していた優は顔に施されたメイクの傷が痛々しいほどリアルだった。
「そんなことないよ。
あっ、私今日早く帰らないといけないから先に行くね」
「え、昴、ちょっ…!」
よそよそしく返し、小走りで楽屋に戻る昴は振り返ることはなかった。
残された優は呆然としている。
「どうしたイケメン俳優くん。
振られちゃった?」
撮影を終えたばかりの役者の1人が後ろから声をかけてきた。
優と同じアクションシーンを演じていた彼も顔に痛々しい傷がある。
「藤森さん、お疲れ様でした」
振り返り挨拶だけし、自分の楽屋に戻ろうとする優。
あまりにもあからさまな嫌味に呆れて返す言葉もない。
「何だよ冷たいなぁ宮藤くんは」
そのあと藤森が続けた「昴ちゃんは可愛らしく返してくれるのに」という言葉に、こめかみがピクリと動く。
でも優はポーカーフェイスを保ったまま、微笑みを浮かべたまま頭を下げて帰っていった。
「…ほんっとに可愛くないガキだな」
その言葉が聞こえたか聞こえてないかわからないが、楽屋に戻るなり乱暴に台本を投げ置いた。
中にいたマネージャーの平井が思わず声をあげる。
まさか平井がいると思わなかった優は、自分のとった行動に軽く後悔をする。
「もしかして宮藤くん、ちょっと機嫌悪い…の?」
何故だかわからないが出会った当初から優は平井に怖がられていた。
本人も理由はわからないままである。
「あー…いや?そんなことないですよ。
思わず手が滑っちゃっただけで」
「そ、そっか…」
苦しい言い訳に平井は突っ込むこともなく、2人はそのまま黙々と帰り仕度を進めた。
