暑さが収まることのない8月下旬のとある日、昴は机に向かい一人で格闘していた。
このところ休憩時間は控え室に籠り、夏休みの課題を終わらせるべくペンを走らせているのである。


ミーンミーンと鳴く蝉の声。
外ではジリジリと太陽が照りつけている。


するとドアが開き撮影から戻った優が入ってきた。
「あっちー」とぼやきながら台本で扇いでいる。


「あ、優。お疲れさま〜」


お疲れ、と短く答え昴に近寄る。
一瞬、爽やかな香りがした。


「何してるの?…あぁ」


すぐに昴の手元に視線を落とし、納得する優。


「なかなか終わらなくて…。
優終わった?」


その問いかけには無言のまま笑顔を向ける。
その笑顔は昴にとってまるで悪魔の微笑みのようだった。


「嘘でしょ!!本当に!?何で!?」


「そんなことで嘘吐いてどうすんだよ。
8月上旬には全部終わらせたし」


電話を終え、控え室に入ってきた細身のマネージャーに「ね、平井さん」と聞く優。
それに対して、そうだね、なんて平井が返すのを見て昴は肩を落とす。


「優なら…優だったらまだ終わってないと思ったのに…!」


一体自分を何だと思っていたのか?
とは口に出さず、優は平井から受け取った飲み物を飲んだ。


もういいよ!と嘆いて、再び課題に向き合う昴。


「そういえばさー…」
ふと思い出したかのように優は言った。


「昴、学校行事出たことあるの?」


唐突な質問に「え?」と聞き返す。
頭の中が課題のことでいっぱいだった昴は、すぐに意図を掴めず目をぱちくりさせる。


「結構忙しそうじゃん、昴。
今年の体育祭もいなかったし、もしかしたら出たこと無いのかと思って」


何故他クラスの優が体育祭を欠席したことを知っているのか?とは疑問を抱かず、昴は答える。


「高校のは…無いかな」
少し寂しそうな声は呟く。


「…あのさ、すば…」


「櫻井さんスタンバイお願いします!」
そこでタイミング良く入ってきたスタッフの声にかき消され、台本を持った昴は立ち上がる。


じゃあね優、いってきます!と手を振る彼女を見送るしかなかった。