そこに扉の裏でスタンバイをしていた優が寄ってくる。
鈴屋に呼ばれた2人を見て「あぁ」と納得した模様。


「藤森くん何で台詞続けないんだ!君だけじゃない、浪川くんも。
まさかあれで演技してるなんて言わないよな!?」


「すみません監督」
「もう一度だけやらせてください!」


必死に頼み込むが鈴屋は到底応える気はない。足を組み替え、ため息を吐く。
緊迫した空気がその場を包んだ。


「ああは言ってるけど監督、みんな千秋さんの演技に圧倒されてることわかってるんだ」


そう昴と優に言ったのは脚本の岡田だった。
フレームの細い眼鏡を外し、困ったように笑う。


「岡田先生…」


「数々の賞を受賞してきた浪川くんや実力派と言われてる藤森くんまでもがあぁなっちゃう…。まったく千秋柳は恐ろしい役者だ」


「けど、2人はそうじゃないと信じてるよ」と言い残し、岡田は鈴屋の元へ歩いて行った。


残された2人は無言になる。


「優…私どうしよう…」
不安そうな声で優の腕を掴んだ。


は?、と聞き返す優。


「何言ってんだよ。自分を誰だと思ってるの?お前は櫻井昴だろ?」


そんな顔するんじゃねーよ、とデコピンをして優はセットの中へ入っていった。


(いっつも私にデコピンするんだから…)



しかしオファーを引き受けた時点で立ち止まってる時間は無い。
ぎゅっと強く拳を握ると昴は歩き始めた。


「演じてみなきゃ始まらない。
私は女優なんだから」