フィルムの中の君


雪村がバルコニーの手摺に足をかけ抜刀した瞬間、黒鷺も脇指を取り出した。
庭に飛び降りた雪村はそのまま刀を振り落とす。

『いつからそんな人間じみたことするようになったんですか!』

体格差もある黒鷺が振る刀は重く、全身で力を受け止めるしかなかった。

『他人に情が湧いて自ら罪を被るとはね・・・!』

一方の黒鷺は表情1つ変えず上から、そして下から振り落とす。
刀がぶつかり合う重い音が響いた。

間を取るため黒鷺が後ろに引いた瞬間に雪村も動いた。

石段を駆け上がり近くにあった灯篭に左足をかけると、その勢いで壁を蹴り走った。
ワイヤーで釣られているとはいえ相当な体幹が必要になる。

壁から向かってくる雪村の刀を避けようと黒鷺は脇指を構えた。
しかし僅かに距離を見誤り、刀は黒鷺の耳を掠める。

そのまま黒鷺は倒れた。
・・・と同時に携帯していた銃を取り出していた。

『さすが、ですね』

銃口は雪村の頭を、もっと言えば額の真ん中を狙っていた。

『雪村、何故情に絆されたのかと聞いたな』

力なく黒鷺は笑った。

『浅はかだと笑うならそれで結構。・・・貴様にはわからないだろうがな』

雪村が向けた刀は微かに揺れていた。
このまま動けば相手の首を狙える位置にいる。

2人の距離は刀1本分しかない。

かつて各国に狙われた諜報員である目の前の人物が化け物なのか人間なのかわからなかった。

スパイである以上自分も他人も信じず生きていく。感情は一切不要。
それは黒鷺から諜報員が叩き込まれたこと。


『・・・スパイが愚かですね』


黒鷺が引き金を引くのと雪村が刀を振り落としたのは同時だった。