『各国こぞって身柄を抑えようとした有能なスパイが何でですか?』

『貴様、上官にたてつくつもりか』

雪村は真横に口を引き黒鷺を見下ろした。
かすかに聞こえた溜息はどちらが漏らしたものか。

『私は軍人ではありません。あなたが育てたんでしょう』

雪村をはじめ今や疎ましく感じてるであろう柳田や斎藤、原田(藤森)、杉田(江田)。
恐ろしく優秀なスパイマスターが育てた部下は世界中に身を隠しながら暗躍している。

そんな彼らは任務の一環で日本に一時帰国していた。
雪村、柳田、斎藤が再会したのは一週間ほど前のことだった。

記憶を遡るより先に雪村は気づいた。
・・・黒鷺に3人が密会していたと漏らしたのは斎藤だと。

再び雪村は考えた。
しかし何故部下に二重スパイを疑われるような行動をしたのだろうか。
詰めが甘いなんて言葉は黒鷺に持ち合わせていない。

あえてそうやって仕向けた理由は何なのか?

フッと雪村は口角を緩めた。

『スパイはお辞めになったんですか』

『貴様にそんなこと言われるようなら失格だろうな』


雪村が腰に帯刀していた刀に触れる。
柄を握った右手には力が入った。