「はーい完成!昴ちゃんやっぱりイケメンだわ~」

ヘアメイク今井の声で目を開けると鏡に映るのは爽やかな空気を纏った青年だった。
あどけなさの残る顔立に柔らかい雰囲気・・・この風貌で無慈悲なスパイだとは信じがたい。
しかし本人は仕上がりを大して確認することなく、鏡を一瞥しただけだった。

「あぁ・・・ありがとうございます」

心ここにあらずな返答をする。

「ねぇ大丈夫?ちゃんと寝たの?」

「寝たつもりなんですけど寝れたのかな・・・そろそろリハ行ってきます」

メイク室からスタジオに向かうまでの足取りが重い。
一歩一歩がとても遠く遅く感じる。
ふぅ、と一息吐いてからスタジオに入った。

「櫻井さん入られました!」

スタッフ一人が声を出した瞬間、相手役の千秋と目が合った。
手につけている手袋を外し近づいてくる。

「千秋さん、リハよろしくお願いします」

カラカラに乾いた喉で出来る限り発声した。

「櫻井さん、実はね・・・私も緊張してるんだよ」

ふふ、と笑いながら千秋は少し腰を屈めてみせた。
よく見ると左瞼がぴくぴくと痙攣のように動いている。

あの千秋さんが!?と驚いて目を大きく開いた。

「いつもプレッシャーがかかるとこうなるんだよ、恥ずかしいから他言無用ね」

「・・・はい!千秋さんと私の秘密ですね」

その様子の影からひっそりと見ていたのは彼女のマネージャー。

「よかった、いつもの昴に戻ってる・・・」

緊張が少し和らいだ様子に安堵し、水島はまた雑務のため控室に戻っていった。