「そろそろ手が…」


弱々しい声に気付きパッと手を離すと、彼女は腕を摩っていた。
見ると手首のあたりが赤くなっている。


「悪い、本当にごめん昴!こんなに痕になって…すごい痛かったよな」


彼女の浮かべた苦笑いが何よりも肯定の意味だった。
ごめん、と何度も言葉を重ねる。


「急ぎの用?でもちょっとあれは強く引っ張りすぎだよ」と笑う。
しかし摩っている腕は一向に赤みが引く様子はない。


「あざとかにならないよな…」


ぼそりと呟いた一言が妙にその場で響いて聞こえた。
彼女は笑っているが万が一あざとして残ってしまった場合、少なからず仕事に影響が出る。


「ね、残ったらどうしよっか?」
そんな笑いながら言われる冗談も今の優には通じない。


「まだ映画撮ってる最中だもんね…。でも私の役って基本的に長袖しか衣装無いし、見えないよ。そんな心配しなくても大丈夫」


確かにそれはそうだけど…
その一言は喉で引っかかって口からは出なかった。


「ねぇ、だから大丈夫だよ」


「大丈夫じゃない!!」


ハッと気付くと想像以上の大きさの声を出していた。昴はびっくりし、本人もそれ以上に驚いていた。
さっきまでの狼狽えようはどこにいったのかと不思議になるほど。


「…昴のこと傷付けちゃった、って本気で不安になった」


だからそれは…と昴が口を開く前に優の言葉が続いた。


「俺にとって昴はすごい大事な人なんだ。いきなり言われても何の話だってなるかもしれないけど」



「私もだよ」
そう言いながら優しく笑いかけた。


「私もそうなの。きっと1人だったらここまで来れなかった。優がいてくれたから私はここまで役者としてやってこれたんだよ」


そうじゃなくて…!!
再び出そうになる大声をどうにか抑えて優は目を瞑った。


(もしここで…こんなところで言って関係が悪化したらどうする?それこそただじゃ済まされない。下手したらこれから先ずっと仕事がやりにくくなるかもしれない)


奥歯を噛みしめる音が今にも聞こえてきそうだった。
同時に握った拳の力が一層増す。


(お前、本当にそれでいいのか?)