「こういうことはハッキリ言わないと伝わらないよ?昔の歌人やなんとかじゃないんだからさ」


冗談交じりだが海斗の言うことは痛いほど身に染みてわかる。


「月が綺麗ですね、なんてどこかの文豪じゃないんだから。きちんと伝えないともっと溝悪化するよ」


「…うん、そうだよな」


これが初めて海斗が優の素直な姿を見た瞬間だった。
(いつもああだけど、優わりと素直にところあるじゃん)


「でもさ、俺さすがに月が綺麗ですねなんて言わないわ」


(でもすぐにこうやって復活するんだよなぁ…)


例えばの話だって、と苦笑いする海斗。


「…さて、そろそろ戻らないとさすがにマズイだろうなぁ。かなり時間経っちゃってるし」


そう言われて優が海斗の腕時計を覗き込むと想像以上の時間が経過していた。


「うわ…これはやばい」


2人して顔を見合わせるや否や、『走ろう』と全力で体育館まで向かった。


幸いこの階段から体育館まではそう遠くはなくすぐに到着。
しかし上がった2人の息はなかなか収まりそうもなかった。


「なん…だよ…っ、海斗…、管弦楽部のくせにっ…はぁっ…肺活量ねーな…」


「ぶ、部活は…ヴァイオリン…なんだよっ…はぁっはっ…優こそ…やく、しゃ…のくせにっ…体力…なさ…すぎ…」


いつまでもここでぜーぜー言ってても仕方がないと諦めて体育館に入る覚悟を決めた。


ガラガラガラ…
重い扉を開けると全員がこっちを向いている。


「なんか…スターに…っ、なった…気分…」


ぜーぜーしながらも冗談を言う海斗を笑いながら肩を叩く。


「ほら…っ、行くぞ…」


2人が帰ってきてざわざわし始める体育館。
その直後発した優の言葉は彼一人にしか聞こえてなかった。








「海斗…さっきはありがとう」