「バイトは、辞めたからもういいんだ」

「そうそう、いいんだよそれで。むしろもっと早く辞めるべきだったんじゃない?」

 洋子が結衣の肩をぽんぽん叩いた。

 美香は意味が分からないという表情で結衣を見た。

「美香には言ってなかったね。会えなかったから、言う機会を逃しちゃってたんだけど、私、大学病院の受付のバイトやってたでしょ?」

 結衣の言葉に美香はうなずく。

「そこでお局さんに目をつけられちゃって、仕事の邪魔されるようになっちゃってさ。おまけに同じ受付の事務のおじさんに助けを求めたら、何を勘違いしたのか、外で会おうってしきりに言うようになって、あげく公衆電話から携帯にかけてきたり、いつもじっと見られてたり」

「ええええ、それってやばくない?会っちゃだめだよ、絶対」

 美香が嫌悪の表情で身をすくめた。

「最初は私が悪いんだと思ってなんでも無い振りしてたんだけど、だんだんバイトに行くのが苦痛になって、夜も眠れなくなっちゃってさ。それで、この間辞めたんだ。でも、お金は稼がないとだめだから次のバイト探したいんだけど、探そうとすると色々思い出しちゃって」

 春奈が結衣の手をそっとさすっている。

「たいへんだったね」

「まあね。……それで気分転換したくてオンラインゲームをやりはじめたんだ。」

「ゲーム?わたしドラクモとかFカップファンタジーならやったことあるけど。オンラインゲームって、どんなの?」

 春奈は嫌な顔一つせずに、結衣を見た。

「ネット上で世界の人とゲームで遊ぶんでしょ?」

 洋子が結衣の先に答えた。

「さすが洋子。『オートマトン』っていうオンラインゲームでね、プレイヤー同士で船に乗ったり、ジャングルを探検したり、モンスターを倒したりして冒険するんだ」

 結衣の瞳がどんどん楽しそうに輝いていく。

「最近、キャスケットっていう人に危ないところを助けてもらってね、それからフレになって、中でよく待ち合わせして遊んでるの。気がつくとすごい時間経っててね、ゲームの中にいるときだけは完全にリアルのこと忘れられるんだ」

「へぇぇ」

 洋子はオンラインゲームのイメージを必死に思い描こうとするように、空中に視線を泳がせている。