僕は、藤見さんの思い出話に、強く心を打たれた。彼の熱意を、ぜひロジーネに伝えたいと思った。しかし彼女はホログラムであり、人工感情はプログラムされていない「改良」されたロジーネだ。藤見さんのロジーネとは、全くの「別人」である。

「藤見さん、僕はあなたをロジーネと会わせたい。でも、今のロジーネは完全にコンピューターで制御されたホログラムです。奇跡は見込めません。それでも、会いたいですか」

「はい。会いたい。お願いします」

藤見さんは、目頭を押さえた。僕は、決断した。あの宣伝部の部長なんて、どうにでもなればいい。そして僕は、ロジーネの「楽屋」に藤見さんを連れていった。

彼女の「楽屋」は、殺風景でひっそりとしている。人間のための用意など、ホログラムにはいらない、という局の方針だ。ここは、ただ彼女が機械によって日々「生まれ」、「寝る」つまり、消去されるためだけの部屋なのだ。

そこへ、ロジーネが戻ってきた。藤見さんの姿を見ても反応せず、ただまっすぐに僕の元へ向かって歩いてきた。

「残務処理は完了したわ。これで私もおやすみできるわ」

そう、淡々と話すロジーネからは、藤見さんのような悲愴感は全く見られず、ちょっと休暇を取るだけ、のような軽さがあった。

「ロジーネ、愛のケーキを知ってる?」

「もちろん。藤見武道氏が作っている大人気のお菓子ね」

答えにそつがない。やはり別物だ。

「食べてみない?」

「何言ってるの、私はものを食べるなんてできないわ。もちろん興味はあるけれど」

そうロジーネが話した時、藤見さんは彼女から背を向けて部屋を出ていこうとした。

「藤見さん、いいんですか?もう、ロジーネとは会えないんですよ?」

「ありがとう。でも、このロジーネは、やはり私のロジーネではありません。失礼しました」

涙をこらえているかのようなその声に、ロジーネはちょっと反応したようだった。彼女は、机に置かれたままのラッピングバッグに手を触れた。一切れ「愛のケーキ」を取り出して、じっと見つめている。

そのとき、あの宣伝部の部長が入ってきた。彼は怒りを含んだ声でどなりつけた。

「ロジーネには会わせるなと言っただろう。お前たち、ロジーネがなぜ引退するのか知っているか。ロジーネはな、この男の『クッキングルネサンス』で、料理が改めて普及して、番組の人気が落ちてしまったから引退するんだぞ。この男のせいなんだ。ああ、こいつもあの時、あの『ロジーネ』と一緒に消してしまえればどんなによかったか。局の人気も落ちてきたからな」

「そうか、あなたはあの時、『ロジーネ』を消した男性だったのか……」

僕がつぶやいたとき、藤見さんはがっくりと肩を落とした。

「私が、『ブドウ屋』 を開いたせいで、また別のロジーネが消されるのか……。私のロジーネとは違っていても、私には耐えられない。やめてくれ!!」