「防具は着けないのか?」


芹沢は又四郎に言った。

「・・・。いらん。」


詰襟の学ランを脱ぐ。


「竹刀で良いか?」

芹沢が又四郎に渡す。


二人は対峙する。



近藤は密かに期待した。
芹沢が又四郎を打ち負かしてくれる事を。



「下郎。名は?」


「ふん。教師に向かい下郎と言うとは、口の聞き方から教育しなければならないか。」



又四郎の額がピクリと脈打つ。



「手加減はしない。死ぬ気で来い。」


一瞬気のせいだろうか、道場内に熱気が吹いた気がした。


遙はその気迫を見逃さなかった。


あの通り魔を打ちのめした時のような危険な感じがした。



「来い!!」


竹刀を払いフェイントを掛ける芹沢。


しかし、竹刀に触れる事ができない。


生き物のように揺らめく又四郎の竹刀。



又四郎は正眼のまま、竹刀を揺らす。


普段無構えの又四郎は構える事事態が珍しい。


構えは動きを限定し、予測を生じさせる。

真剣勝負において又四郎が構える事はない。


今日は特別だった。


千葉周作が考案した現代剣道の形にのっとり、芹沢と対峙していた。



又四郎程の達人は、見て他流派を盗む。


実際地獄(現代)に来る前に、千葉周作と戦った又四郎である。そして先日はその孫とも戦った。


剣道の真髄は吸収され、又四郎の中で昇華されていた。



芹沢は激しく打ち込む。

しかし、つばぜり合いも出来ないほど竹刀は空を切り、体は翻弄され、体当りも出来ない。


芹沢が面を喰らわすべく、振りかぶった瞬間。


芹沢は呼吸が出来なかった。


何が起きたのかも分からなかった。


突きを胸に受けて、後方へ弾き飛ばされた。



身長185cmで体重80キロの体が、いとも容易く、弾き飛ばされたのだ。



「ぐ、ぐはっ!な、何が起きた?」


息を無理やりついて、絞り出すように芹沢は言った。


15歳の少年の突きでは無かった。



胸に痛みが走る。



芹沢は悟った。


絶対に勝てないと言う事を。



だが、プライドがある。

立ち上がると又もや又四郎に突進していった。



又四郎は難なくかわす。


かわした左手で芹沢の首を掴むと、耳元で囁いた。



「簡単には寝かさねぇ。」


言うが早いか、足を払い床に転ばせる。



「どうした、下郎。剣道の形など保たなくても良い。どんな手を使ってでもわしを倒しに来い。」


芹沢は更に激昂し、立ち上がり、又四郎を押さえ込みに来る。


しかし、触れる前にかわされ、又床に転ばされる。


転べば竹刀で頭部を叩かれ、挑発される。



胸の痛みなど忘れて飛び掛かるも、虚しく宙を舞い転ばされる。


徐々に芹沢は、戦意を失うが、又四郎はやめようとしない。



剣道場は凍り付いたまま、誰も声を発さない。


芹沢が床に転がる音だけが道場に響いていた。