剣道部の道場にやって来た又四郎。


部員達は胴着に着替えて道場の床を掃除していた。


久し振りに部活に出てきた遙への対応はやはり少しよそよそしい。



「久し振りだね、遙君。」

部長が声を掛ける。

「お久し振りです部長。あ、今日は見学者を連れて来ました。」


「おお、大歓迎だよ。こんな汗臭いクラブに興味を持ってくれたなんて。」

又四郎に握手を求める部長。


「ん?手か?手を出せば良いのか?」


又四郎は握手の習慣が無いので、遙に聞く。


「そう、握手して。」


部長と握手をする又四郎。

「宜しく。歓迎するよ。」


部長は爽やかに言う。



遙は更衣室に入り、胴着に着替える。

他の部員がヒソヒソ噂をしているが、もう、気にしない事に決めた。


又四郎と素振りをしていくうちに、これからも剣道を続けようと、心に誓ったのだった。



防具を着けて稽古が始まる。


織田高校剣道部はインターハイに出場の常連高校だ。

稽古が激しい事で有名で、一年生の大半は夏前に退部していく。

遙達の事件後、一週間の休部の後、稽古は再開された。

部長の近藤功(こんどういさお)を中心に、三年が18人。

二年が16人。

一年が24人。

男女合わせて、58人が剣道部に在籍している。

二年生6人は退部し、一年生1人は未だに入院している。



一年生女子では群を抜いて遙は強い。

中学生女子で、三年の時に全国制覇を成し遂げている。


部長の近藤功は、昨年のインターハイで準優勝を飾り、団体戦は三位。


今年はインターハイ優勝を目指し、男女共に気合いが入っている。



遙は男子部員とも互角以上に戦う。

ぶつかり稽古は5分を打ち合い、1分休み。
全部員総当たりで行う。


それが終わって、基礎訓練を行う。



又四郎はあくびをしながら見ていた。

はっきり言って退屈だった。


弱い奴等が弱いまま、ただ時間を浪費しているに過ぎなかった。


「ふむ、くだらぬ・・・。」



その様子を見ていた近藤は、又四郎に一緒にやらないかと薦めた。



「高柳君、だったかな?どうだい?一緒に稽古してみないかい?
見た感じ、剣道経験者だろう?余っている防具で良かったら使ってみてくれ。」



「近藤殿。拙者に防具は不要。千葉周作が考案した有象無象の剣道など、拙者には興味がない。」


「ほほう。言うね高柳君。僕達は強いよ。
防具もしないで稽古をしようなんて、怪我をしても知らないよ。」


「心配無用。拙者に触れる事すらお主達にはできん。」



近藤は、竹刀を又四郎に渡す。

近藤は又四郎を馬鹿にしていた。
一つ喝をいれ、脅かしてやろうと、軽い気持ちで誘った。
寸止めで自分の強さを見せつけてやるか。ぐらいの気持ちだった。


因に遙はこの時、久々の剣道に夢中になって、二人のやり取りには気付いて居ない。



「さあ、高柳君。何処からでも打って来て・・・。」



近藤は驚いた。


人は空を飛ぶものだったのかと。



ズターン!!



道場の構えていた場所から真後ろの壁に、背中から激突した。


「ぐ・・・。ふっ・・・。」



背中を強打した近藤は、息が出来ない。



又四郎が近藤の手を引き、立ち上がらせ活を入れる。


「どうしたね?近藤殿。もう終わりかね?」



又四郎の竹刀は、折れていた。


「済まぬが、新しい竹刀を貸してくれ。」


部員から竹刀を受け取り、構える。



近藤は、息が上がりながら構えた。

僅かに胴の部分が痛む。

籠手で触ると、正面部分に亀裂が入っていた。


どっと冷や汗が出る。



自分が構えて、僅か一瞬。竹刀を振りかぶろうとして、胴を少し開けた時に、打ち込まれたと言うのか?


近藤は半信半疑だった。

もう一度、確かめよう。


近藤の剣先が又四郎の間合いに入った瞬間、近藤は今まで味わった事がない重い面を喰らって、気絶した。




近藤が気が付くと、籠手を枕に、頭に冷えたタオルを乗せられ、倒れていた。



「い、一体、何が起きたんだ・・・。」


状況が掴めないで居ると、遙が近付いて来て、近藤に申し訳なさそうに話し出した。



「部長、すいません・・・。又四郎にはきつく言って置きましたから。ちゃんと手加減をする様にって。」



「は、遙君。状況が分からないのだが・・・。」


遙は近藤に、気絶してからの顛末を話した。



何でも、近藤が倒れたのを見ていた三年生が、慌てて近藤を介抱し、副部長が怒って又四郎に詰め寄る。
謝る素振りも見せず、「こんな弱い奴が師範代の道場など、辞めてしまえ。」と、言われ、
増々怒った副部長が制裁を加えようとしたが、あっさりと気絶させられ、三年男子が総掛かりで又四郎に挑んだ。しかし触れる事も出来ず、全員床の間に延びていると言うような内容だった。


「ま、まさか・・・。誰も触れられなかっただって・・・。」


近藤は絶句し、又しても気絶した。


遠くで遙の呼ぶ声を聞いていた。



忠明の懸念は現実に成った。

警察官ですら手も足も出なかったのだ。
いくら名門高校の剣道部とは言え、又四郎にとっては赤子を泣かすよりも簡単な事なのだった。