闇を走るにつれ、一人、また一人と人が倒れている。しかも全員が女。

逃げる背中に太刀を浴びせると言う卑劣な手口。
明らかに女だけを狙っている。


薄暗い路地を抜けると、人通りの多い道に出た。


通りは悲鳴で溢れていた。

キャーっ!!


次々と人が倒れていく。
鮮血が歩道に溢れる。
人混みで誰が刀を振るっているか解らない。


又四郎は目を凝らす。

居た。


返り血を浴びながら、刀を振り回す若い男が一人、喚きながら女ばかりを追い回す。

他の人はただ悲鳴を上げて逃げ惑うだけ。
追われる女を助けようともしない。


逃げてくる人波に逆らいながら進む又四郎は、なかなか先に進めない。




「待て!!」



聞き覚えのある声が、又四郎の耳に届いた。

小野遙の声だ。


刀を持った暴漢もその声に気が付き、声の方に近づいていく。



「うらあぁっ!」暴漢が遙に切りかかる。

遙は人が居ない方へかわす。

敢えて人が少ない方へ誘導するつもりの遙。


暴漢は更に切りかかってくる。

地面を転がりながらかわす遙。

その度、刀はガチガチと地面に当たり、火花を散らす。



うわ〜ん!女の子が泣きじゃくっている。


「ママ〜どこ〜っ!」


暴漢の刀が容赦なく女の子に襲い掛かる。


「あっ!危ない!!」

遙が女の子を抱き抱えて転がる。


遙の足を薄く切る。


「くっ!」
遙は転がりながら呻く。

暴漢は更に遙と女の子を切り付けるべく刀を振り上げる。



「もう、だめか・・・。」

遙は思った・・・。



ガキンっ!!



何かが刀を受け止める音がした。



又四郎が自転車を遙達に向かって放り投げ、刀を食い止めた。

刀は自転車にぶつかり跳ね返る。


暴漢は反動で後ろに下がった。



又四郎が遙達の前に立つ。


「無事か、遙殿。」


仁王立ちの又四郎は、遙を見ずに問いかける。


「うん。大丈夫。足を切られたけど。この女の子も無事よ。」


又四郎は何も言わない。


ただ、遙は見ていた。

今までに見たことのない人間の表情を。



そこには憎悪に燃える鬼の姿が在った。

むしろ、鬼を喰らう羅刹が立っていた。

ともかく、遙と同じ歳の男子が見せる表情では無かった。




「ゲスが。刀で女を傷付けるとは。」


「うぎゃゃああっ!!」
暴漢は刀を無茶苦茶に振り回しながら又四郎に切りかかってくる。



又四郎は暴漢の振る刀など意に介さず、真っ直ぐに暴漢の懐へ歩み寄る。

刀を腕で受け流し、拳を暴漢の腹に打ち込む。

渾身の力を込め、暴漢の腹部に打ち込まれた拳は、メリメリと骨と内蔵を打ち砕く。


暴漢は真っ黒い血を吐く。
前のめりに倒れ込み、痙攣を起こしている。
倒れた暴漢の後頭部に踵を叩き込もうとする。


「又四郎!!やめて!!」


はっと、我に帰った又四郎。


危うく暴漢の頭を踏み抜き、粉砕する所だった。


暴漢は目を剥いたまま気絶している。


又四郎は遙に近づいて、手をさしのべる。

「立てるか遙殿。そっちの女子も大丈夫か?」


泣きじゃくる女の子。
遙がなだめる。


暫くすると女の子の母親が取り乱しながら駆け付けて来た。強く女の子を抱きしめ、一緒に泣きじゃくる。


そして、遙と又四郎に何度も礼を言って去っていった。



ようやく警察がやって来て、現場検証が始まる。


「遙!無事か!?」

忠明が現場に駆け付けて来た。


遙は事情を話す。

又四郎は黙っていた。


切られた女性は8人。7人が死亡。ケガは遙だけだった。

暴漢はクスリによって支離滅裂になり犯行に及んだ。

暴漢は内蔵破裂の重態。骨は粉砕骨折。二度と同じ状態には戻らない。


過剰防衛は適用されない。あくまで正当防衛である。



「又四郎、遙を助けてくれてありがとうな。」


忠明は又四郎に礼を言う。


心から又四郎に感謝していた。
遙の両親が事件に巻き込まれて死んで、忠明の父母も亡くなり、こんなに不憫な境遇の遙が、ジャンキーに殺されたとなったら、忠明はもう生きる気力を無くしてしまう。


立て続けに色々な事が起きているこの数日、又四郎が居なければ遙は助からなかった。


又四郎がここに居る意味は忠明には解らない。


ただ、忠明は又四郎に感謝してもしきれないほど、強い恩義を感じていた。