ぐらぐらする頭に、気が付くと見慣れない天井。

「何だここは・・・。」

又四郎は眩しそうに目を開ける。


一昨日からこのような珍妙な事が立て続けに起きて、いささか疲れが出始めた又四郎。


「地獄は肉体的な苦痛だけではないのか・・・。」

「ここに来て、様々な出来事が起きたが、いつになったら閻魔裁きを受けるのやら・・・。」


未だに自分は死んだと信じて疑わない又四郎は、来たこともない地獄について頭を巡らせていた。



「起きたか又四郎。」

忠明が又四郎に声を掛けた。


「・・・。
また、こんな珍妙な場所か・・・。」

体を固定されたまま、又四郎は呟く。


「お前が暴れるから、拘束して黙らせたぞ。次いでに体を色々調べさせてもらった。今から、次郎さんの問診を受けてもらうからな。」


忠明の招きに応じて、次郎監察医が病室に入って来る。


「高柳又四郎さんだったね。今から幾つか質問をしても良いかね?」


「ああ、良いだろう。何度も言っている事を又言うだけだ。」



「ではまず、あなたの生まれたのはいつですか?」


「文化四年、元旦。」


「では、幾つになりましたか?」


「数え三十七歳。」


「では職業、お仕事は何ですか?」

「中西道場師範。今は諸国放浪の武芸者だ。」


「趣味と言うか、趣向品はありますか。」


「酒だ。戦いの後の酒だ。」


「どれ位呑みますか。」

「場合によるが、大概三升ほどだ。」


「ご両親はご存命ですか。」


「確かまだ藩に仕えている父親がいる。母の事は・・・。まあ、長いこと家から出ているからな。よく知らん。」


「体を見させて頂きましたが、深い刀傷が体に在りますね。いったいいつ誰に切られたものですか?」


「大石進と真剣勝負のおり、奴の左片手突き、胴切りの必殺の剣を我が身に受けた時のものだ。」

又四郎は続ける。


「奴の奥義を見極める為、敢えて剣を受けた。突きはかわしたが、払いの所作を見る為に受けた。」


「あの時突きを受けていたなら、絶命は必死。強い剣客だったな。」



「そ、それは凄いですね・・・。」


思わず絶句する次郎。



忠明と次郎は別室に移動する。



「にわかに信じられないかも知れないが、奴は本物の高柳又四郎だ。」

突然、次郎は言い出した。

「なんだい、先生まで。そんな話、科学的根拠がないぜ。」

次郎は黙っている。

「タイムマシーンが在るとでも言うんかね、先生よ。」



「俺のひい祖父さんが、大石進なんだよ。」


「・・・。えっ!?」


驚く忠明。


「昔、じいさんに聞いたことがある。
高柳又四郎に勝負を挑んで、傷を負わせたそうだ。
なぜかいつも、試合に勝って勝負に負けた。とか、言っていたんだよ。」


「そんなバカな。都合が良過ぎるだろういくらなんでも・・・。昔の人間が現代に来るなんて、有り得るかよ。」

忠明は愕然とする。


「だかな、ここ数日のお前の周りに起きている現象は、偶然では片付けられない事ばかりだ。」


「う〜ん・・・。確かにそうだが、にわかに信じられんよ・・・。」

二人は又しても頭を抱えた。




こうして又四郎の検査はひとまず終わる。

この後もまあ、いろいろとあったが、忠明の家にひとまず戻ることになった。


警察の結論は、記憶喪失の少年の暴力事件として厳重注意で処理される。

家も保護者も居ないというか、確認が取れないので、小野が乗り掛かった船と言うことで、又四郎をひとまず預かることになった。



デタラメではない又四郎のここは地獄なのかと言う問いが、忠明の中で真実味を帯びていた。