幼かったあの日、体が弱く、体格も小さな沖田は年上の子供達に、いじめられていた。


そんな時、遙は猛然と年上の子供達に立ち向かって行った。


遙は、特に沖田がいじめられている事に対して、庇うと言う訳ではなく、昔から力によって人を押さえ付ける行為そのものが、嫌いだった。


遙の本当の両親は、正義感が強い警察官であって、その正義感が元で命を落としてしまうのだが、その血は間違いなく遙にも受け継がれて居たのだろう。


小野家に引き取られて、成長するに従って尚、その血は変わらず遙の中で燃え続けていた。



沖田は、なにも言わず自分を助けてくれる遙に、幼いながらも恋心を抱き、憧れていた。



正義の味方とは、テレビの中にいる奇っ怪な仮面を被った5色のそれではなく、遙そのものだった。



沖田が成長するに従って、恋慕の念は脚色と色付けによって増幅し、彼女に釣り合うためにどうすれば良いのか、偶像化した遙に対して、それに見合う理想の自分を作り上げるための努力が始まる。



沖田は非凡で有る。

しかし、その天才的に器用な沖田の内面は、幼い時の衝動と衝撃から未だに抜け出せない、愚直なまでに一途な男だった。



話を戻そう。



つまり、遙は又四郎を通して沖田を認識し、沖田は又四郎に興味を持った事で遙との関係が成立したのである。

仮に又四郎が現代に現れなければ、遅かれ早かれ、沖田は遙への気持ちに蓋をしたであろう。

そして遙は、在学中と言うか、多分一生、幻の同級生として沖田を認識しなかった事だろう。






家に帰った又四郎は、遙の部屋を訪ねた。


又四郎はドア越しでしか、何となく喋れなかったが、遙は部屋の中で聞いてくれていた。



「遙殿そのまま聞いてくれ・・・。
わしは果たして遙殿の事が本当に好きかどうか、未だ解らん。
ただ、恩人や家族の愛情と言う気持ちとも少し違う・・・。
地獄に落ちる前、つまり生前。やはり今と同じくらいの若僧の時に、一人の女人に想いを寄せた事が有った。
その、女人は不幸にも亡くなってしまったのだが、その時の気持ちに似ていると言うか・・・。何と言うか・・・。」


遙は黙って聞いているようだ。


「このモヤモヤとした気持ちと、好きと言う気持ちが同じなのか解らぬが、あの最期に会った時に気持ちを言えなかった辛さが、忘れていた傷のように、わしの心に甦って来たのは確かな事なのだ。」


「すまん、遙殿。今はそれしか言えぬ。そして、沖田と正々堂々と闘う事しか、考えられぬ。」



又四郎は自分の部屋へと歩き出した。



その時遙の部屋のドアが空く音がした。



「又四郎。ありがとう。また明日ね。」


遙はそう言って、部屋の戸を閉めた。



一瞬又四郎は、自分の耳を疑った。


それは風間ハルと、全く同じ声だったからだ。



思わず又四郎の足が止まり、声を漏らした。




「ハ、ハル殿ではないか?」




それぞれの想いが、夜を駆ける。


実に星が美しい夜だった・・・。