佐伯先生の優しすぎる嘘





「はぐれるぞ」




なかなか動こうとしない私に、そう言って七瀬くんは腕を掴んで歩き出した。



「ちょ、ちょっと待って…」



あんまり速く歩くと、履き慣れない下駄が痛い。


だけどお祭りの賑やかさに消された声は七瀬くんに届かなくて、頑張って足を動かす。








「…水島さん」





…大好きな声は、どんな中でもクリアに聞こえるものらしい。


佐伯先生に呼ばれて、立ち止まって振り返る。

やっと七瀬くんも止まってくれた。





「ごめんね、水島さんに用があるから借りていいかな?」




「っ…佐伯先生って杏奈のこと好きなんですか?」




先生を睨みつけながらそう言った七瀬くんに目をみはる。



「ちょっ、そんなわけないでしょ!」




佐伯先生の口から否定の言葉なんて聞きたくなくて。

だけど佐伯先生の口から出てきたのは思いもよらない言葉だった。






「七瀬こそ、相手のことはちゃんと見とけよ。

水島さん、足痛いでしょ」




余裕がある大人な表情は、ドキッとしてしまうのも仕方ない。


今の早歩きのせいで下駄の鼻緒で擦れた足が、赤くなっていることに私も今気付いた。


佐伯先生はやっぱり誰よりも大人で、周りを見てるんだなって。


もっと好きになると同時に、私とは世界が違うくらい素敵な人だと思い知らされて切なくなる。