「ごめんなさい、私、好きな人がー…」
瞬間、パッと離れた腕に顔を上げると、彼の手を掴んで私から離してくれたのは佐伯先生だった。
「佐伯先生!?」
佐伯先生は、紺色のシンプルな浴衣を着ていた。
…もう一回言うけど、浴衣を着ていた。
「っ…!」
ああもう、これはずるいでしょ?
急に入ってきた佐伯先生に気付いた女子たちから黄色い歓声があがる。
浴衣から覗く、血管の浮き出た腕も、鎖骨も、似合いすぎる黒髪も。
見惚れてしまうのも仕方ない。
「今は忙しいので、そういうのはシフトが終わったらにしてもらえますか?」
彼の腕をパッと離してにっこり笑った先生に、彼の視線が落ちていく。
「す、すみません…」
そして私にも謝って、静かに座ってしまった。
「あの、ごめんなさい!」
私も謝って、それから佐伯先生を見る。
…もう一度言いましょう。
佐伯先生は浴衣を着ています!
「佐伯先生、それ…」
「ああ、着ろって言われて…」
すごく似合ってますね!と言いかけて、先生に怒られていたことを思い出した。
そうだ、何か普通に喋れたような気になってたけど、なんで怒られたのか考えなくちゃいけなかったんだ。
「あの、ありがとうございました…」
しゅんとしながら仕事に戻り、今度はあんみつを運んだ。



