「杏奈、どうしたの?」
ボーッとしてしまっていた私を、夕羽が心配してくれた。
「わ、ごめん…大丈夫!」
慌てて顔を上げて、看板の下書きを続ける。
瞬間、ふわりと私の髪に触れた体温に、顔を上げた。
大好きな佐伯先生の指が、腕時計のよく似合うその手が、私の髪に触る。
「髪、ペンキつくよ」
そう言われて初めて、自分の髪がペンキの缶についてしまいそうだったことに気が付いた。
「あ、りがとう…ございます…」
何だ、意識しすぎてた。
だけど、あんなに優しく、壊れ物を扱うみたいに触れるから…。
するり、と滑らかに髪を滑って離れた手に、さらに心臓が加速する。
お祭りの、あの時よりも絶対に長く触れたそれに、何か勘違いしてしまいそうで。
火照る頬を抑えた手は、冷たくて気持ちいい。
届くはずのない想いでも、手に入るはずのない佐伯先生でも。
手が触れただけでこんなにも幸せになれるこの恋は、きっとつらい恋なんかじゃないと思った。



