佐伯先生の優しすぎる嘘





みんなが作っている装飾品を見ている佐伯先生。


後ろから見る佐伯先生の背中は意外とがっしりしていて、あの背中に抱きつけたらいいのに、なんて思ってしまう。




「この看板の下書き誰がしたの?」

「杏奈ですよ!」



佐伯先生が、私の書いた看板を見ていた。



「へぇ…すごいな、水島さん」



「そんなこと…ないです」



嬉しいのに、嬉しくない。


佐伯先生に名前を呼ばれるだけで嬉しかったはずなのに、今は苦しい。





『桃果さん』


って、綺麗な声が頭から離れなくて。


『水島さん』


って落ち着いた声も、離れなくて。


桃果にこんな感情を持ってしまうのは、人生で2回目。


あの6月の雨の日と、嫌味なくらいに晴れた今日。



先に桃果が頼んだから。

桃果さんと水島さんで区別はつくから。


だから、私は『杏奈』じゃないのかもしれない。



…だけど、そんな理由じゃなくて。

例えば私が桃果より先に佐伯先生に頼んでいたとしても、彼は私を『水島さん』って呼ぶ気がした。