苦しくなって、ぐいっ!とコーヒーを飲む。



……ふう、落ち着いた。驚かせないでよ、柊。




「大丈夫かよ」


「大丈夫じゃなかった!…って、ごめん。

続けて」



もう大丈夫、オールオッケーです。ベリーグッドです。


そんな私の様子に、柊は少し笑いながらまた話し出した。




「俺の心を最初に救ってくれたのは、ただ1人あいつだけ。


けどそいつも消えた。

理由は簡単、俺がそいつに恋をしていると父親にバレたからだよ。
許嫁なんていつの時代だよ、って感じのやつが俺にはいたからさ。

邪魔なやつは消す…それが俺の父親だ」





「……その子は今、」




「もうどこにいるのかも分かんねえ。

別れの朝…あいつ馬鹿だからさ、家を出て行くのが俺にバレないとでも思ったらしいんだよな。

俺に『さようなら』の一言もその日の朝まで言わねえんだよ」





学校に行こうと、車に乗り込む寸前。

やっとあいつが走ってきた。



ポニーテールを揺らしながら、可愛い笑顔を消していたその顔はもう、

涙でぐしゃぐしゃ。




「『行ってらっしゃいませ』……大泣きしながらそう言った、あいつ。


俺、泣きそうになってさ…けどここで泣いたら報われないと思って、言った。

『帰ったらお前のクッキー食べるから用意しとけ』って」



車に乗り込んでもなお、あいつは深く礼をしたまま顔を上げなかった。


涙が地面にポタ、ポタと落ちているの、もう丸見えだっつーのに。




「帰ったら俺の部屋に小さな袋が置いてあって、たくさんのアイスボックスクッキーが入ってた。

『さようなら』なんてメッセージカードが付いてた」





私はただ、黙って聞いていた。



目を閉じれば、また蘇ってくる。




『さようなら』




その言葉はやっぱり、最期の挨拶に使われる、ふさわしい言葉なのかな。