ーーーーお疲れ様です


今、私が発したこの言葉には別になんの意味も含まれない。


例えば私がこのビルの1階から階段を駆け上がってきたとして、ダラッダラの滝汗を流していたとしたのなら


ーーーお疲れ様です


その言葉にもかなりの疲労感、いや悲壮感が漂っていたかもしれない。


けれど私はほんの少し、駆け上がっただけで汗ももちろん掻いていないし、湧き上がるようなガッツも出していない。


つまりはただの挨拶。


フロアは違えど同じ社の人間なのだ。


挨拶は基本。


いい大人が社内の非常階段でスレ違いざまに挨拶の一つもしないなんて非常識になる。


だから私は言ったのだ。


「お疲れ様です」


と、ただの挨拶として。



なのにーーー


彼から返ってきた言葉は私の予想を大きく覆すもので、て言うか全くの予想外の言葉で


正直、自分の耳がおかしいのかもしくは社内イチの人気者を目の前にして思考全体が動揺しているのかと思った。


だってそうでしょ?


お疲れ様ですって声を掛けて、まさか


「好きです。」


とか、返って来るなんて思わないじゃない、普通はね。


だから何事も無かったかのように彼の横を通り過ぎようとしたの。


うん、これ幻聴だなって。


だけど出来なかった。   


彼が私の腕を掴んだから。