「私達の会話…聞いてたんですか?」
エレベーターが来るのを待ちながら樋山さんに聞いてみる。
「いえ、聞いてはおりません。ただーーー」
「ただ?」
「聞こえては来ました。」
それ、聞いてるってことでしょ!
「加藤はあなたの事、本当に好きなんですね。」
相変わらず、その表情を変えること無く真っ直ぐ前を見つめたまま樋山さんが言う。
「……はい、彼の言葉を私は信じています。」
「そうですか……。私が先日、お話した事もあなたには意味が無かったという事ですね。」
「いえ、あの時、教えて頂けて良かったと思っています。そのお陰で彼への思いが改めて分かりましたから。」
「改めて…ですか。私はこれまで欲しいものは大抵、手に入れてきました。けれど本当に心から欲しいと願ったものはーーー中々手に入らない物ですね。」
漸く私を見てそう言った樋山さんの目はとても優しいもので……けれどその思いに私は応える事が出来ないんだと思うと胸が少し痛んだ。
「どうぞ。」
と言われて着いたエレベーターに一緒に乗ると総務部のある7階に着くまで一言も喋らなかった。
ただ、私が降りる時に
「社長の呼び出しには時々、お付き合い頂けませんか?私もずっと社長のダジャレに付き合うほど暇ではありませんので………」
それだけ言うとあっという間にドアを閉じて一階まで行ってしまった。
恐らく、出迎えのためなんだろう。
いつだって無表情でサイボーグの様な樋山さん。
けれど今回の事でほんの少し、樋山さんの人間らしい部分に触れた気がした。
私は一つ大きく深呼吸すると、デスクへと向かった。
そして課長に一言謝ってから席についた。
私の仕事ぶりをこれまで見ていてくれてた樋山さんに恥ずかしくないようこの後の仕事きっちりこなさなきゃだね。



