「俺だけに見せる君のその顔、すごく可愛いよ」


──きゅうっ、と胸が締め付けられる。

これも上辺だけの言葉? もしそうだとしたら、三木さん以上に役者だと思う。

こんなに、愛おしそうに微笑みながら言えるなんて……。

すると、彼の口角が意地悪っぽく上がる。


「そんな顔するなんて、準備万端に見えるんだけどな」


……私、いったいどんな顔をしているのかな。絶対真っ赤だし、困った変な顔しかしていないと思うんだけど。

一瞬冷静に考えた時、彼の手が私の髪を掻き上げたかと思うと、綺麗な顔が近付いてくる。

瞳が細められ、熱い吐息が降りかかって……

そして、鼻先がくっつきそうになった瞬間──私は急に我に返った。

黄色信号が、赤信号に変わったみたいに。


顔を背けて、今まで力が入らなかった手で浅野さんの胸を押す。

足を踏ん張って、彼の足の間に倒れ込んでいた身体をなんとか起こした。


「っ、勘違いです!!」


コートを掴んだまま彼の前に立った私は、沸騰しそうなほど顔を火照らせて叫んだ。

浅野さんは、座ったままぽかんとしている。


「まだ、心の準備なんて出来てませんから! するつもりも、ないし……」


勢いがあった声は、次第に尻つぼみになってしまう。

それは、自分自身にどこか後ろめたい気持ちがあるからだろうか。