「浅野さんは、それが目的で近付いてきてたんだから……」


彼が私に近付いてきたのは、好意を持っているからじゃなく、私を手なずけた方が都合良く合併を進められるからに違いない。

そんな人のこと、もう軽々しく名前では呼びたくない。


でも、これでよかったんだ。浅野さんの素性がわかったから。

彼のことを恋愛対象として見ちゃったりするようになる前に、本当のことが知れてよかった。


……よかった、はずなのに。

今、胸が押し潰されそうなほど苦しいのは何故?

泣きたくなるのは、どうしてなんだろう──。


「……美玲?」


優しいお父さんの声ではっとした私は、眉を下げたまま彼を見る。

眼鏡の奥の瞳は柔らかく細められて、とても穏やかに微笑んでいた。


「ありがとな。美玲がそこまで店のことを考えてくれてるなんて、父さんは嬉しいよ」


そう言われるとちょっぴり恥ずかしくなるけれど、必死になるのも当然のこと。


「……当たり前じゃない。大事な私達の店だもん。マシロはなくさないよ、絶対」


お父さんにも、自分にも言い聞かせるように力を込めて言うと、彼もしっかりと頷いて「そうだな」と言ってくれた。


お父さん、一緒に頑張ろう。

私達だけじゃなく、お母さんとの思い出も詰まっているあの店を、これからも守っていこう──。