その甲斐あって、一年後の夏には、ついに葉月は一人で料理が作れるようになった。


ある八月の夜、葉月が夕飯を作ってくれた。メニューは、葉月と僕が好きなしょうが焼きだ。焼きたてのロース肉を食べながら、葉月がふと尋ねた。


「どうして、料理ができなかった私を助けてくれたの?なぜ、『死なない』って言ってくれ続けたの?」


「実は、君の幼馴染みの修一郎さんから事情を聞いたんだよ」


「修一郎?幼馴染み?そんな人、知らないわ……」


葉月は箸を止めて考え込んでいたが、やがてあっと声を上げた。


「修一郎……その名前は、私が知っている人で一人しかいないわ。お父さんよ!」


僕たちは食卓をそのままに、着替える時間も惜しむように急いで、バタバタと例のコンビニに向かった。


修一郎は接客をしていたが、僕と葉月を見るとうっすら笑みを浮かべて一礼した。そして、彼は休憩時間になると、僕たちを誰もいないバックヤードへ案内した。



「お父さん!」


葉月が、声を抑えつつも涙声で語りかける。


「見ていてくれたのね、ずっとそばにいてくれてたのね」


「ああ、いたよ。すまなかったな、お前の心に深い傷を遺して。お前に顔向けできなくて、姿を現すことができなかったが、こうして大きくなった幸せなお前を見ることができて、安心して旅立てるよ」


修一郎――いや、修一郎さんは、僕にうっすら透き通ってきた手を差し出した。


「娘を、任せます」


僕はしっかりと握り返した。真夏のほてった汗ばむ手に、修一郎さんの透明な手が、ひんやりと心地よかった。



「修一郎さん、ありがとうございました」



修一郎さんと僕たちは礼を交わした。彼の合図で、僕と葉月はバックヤードを出た。その後ろから、他の店員の「あれ、修一郎さんがいない」という声が聞こえてきた。






「ねえ」


帰り道、葉月が手をつないできた。僕も、彼女の柔らかい手を握った。


「おかゆはね、お父さんの好物だったの。それを作っている時に、あんなことになっちゃったから、ずっと引きずっていて。でも、八月のお父さんの命日には、おかゆを作ってもいい?」


僕はしっかりうなずいて、真夏の夜の暗がりに彼女を連れていき、そっと額にキスをした。


葉月は、笑った。


本当にきれいな、銀色の月光をいっぱいに受けて輝く花のような笑顔だった。


(了)