ある日、僕は夏風邪をひいた。夏風邪は辛いと言うが、散々な目に遭った。食欲がなく、食事が喉を通らないが、体力がつかないので、なんとかレトルトのおかゆを流し込んではいた。だが、その人工的な粘り気が、どうにも気持ち悪かった。


葉月は、仕事帰りに僕の部屋に寄って、親切に看病してくれた。そして、コンビニのレトルトおかゆをレンジであたためてくれた。最近食べ飽きていたあつあつのおかゆを、知らずにお椀によそってくれる葉月を見ながら、僕はつい、熱でぼんやりしていて、禁断の言葉を口にしてしまった。



「葉月が作ったおかゆが食べたい」


葉月は、お椀を取り落とした。その鈍い音で、僕ははっと我に返った。


「葉月、ごめん。今の言葉は聞かなかったことにしてくれ」


「……いいわ。あなたのために、おかゆ、作るわ」


葉月はうつむいて、お椀のかけらを集めながら言った。黒髪に隠れて表情は見えないが、僕たちの間には、真夏なのに冷たい風が走り抜けた。


葉月が、僕のキッチンの米びつから、お米をすくい出す。一合。水は4カップ鍋に入れた。それから、冷蔵庫から、僕の手作り万能だしの入ったびんを取り出して、ちょっと鍋に注ぐ。そこまではスムーズだ。なんだ、葉月はちゃんと料理ができるんじゃないか……。安心した、その時だった。



葉月は、肩を震わせ始めた。米を研ごうとして、水をボウルに注いでいたが、そのあとが続かずに泣いている。うっうっと声を必死に抑えて、苦しげに、葉月は泣いていた。僕は葉月を慰め、謝ろうとして、はっとした。


「ねえ、死なないで、死なないで……お願い、私を置いていかないで……」


葉月は、そう懇願するように叫んでから、涙にくれてくずおれた。僕には、なぜ葉月がこんなことを言うのか理解出来なかった。とにかく失神しそうな葉月を、ベッドに寝かせて、僕は悪寒のする体に季節外れのコートをひっかけて、タクシーを拾って、例のコンビニへ向かった。


修一郎に会うために。