チュン。チチチ。

湿り気のある熱気に包まれながら夢から目覚める。またしても彼女に話しかけることはできなかった。その後悔というか悔しさみたいなものはカラカラになった喉の痛みでかき消された。

「うあーー……水」

独り暮らしのボロアパートの一室でオレは夏のうだる暑さで目が覚めた。

高校生の独り暮らしなもんで、エアコンすらついていない六畳一間の狭い部屋。貧乏学生には扇風機だなんて今や小中学校にも流布している近代文明の恩恵はない。

温度管理は窓を開けるか閉めるかの二択のみ、自然様のご機嫌と熱移動による物理学様の恩恵のみだ。

このアパートは築62年?だかのおんぼろで、今じゃ珍しい真四角の一人でも体育座りをしなくちゃ入れない風呂がある。シャワーも備え付けられているが、シャンプーの泡を落とすのすら苦戦するような年代物だ。

これだけでもほぼ文化遺産ものだと思うのだが。

「・・・・・・そんで、また侵入(はい)ってきてるしな」

チュンチュン。ピチチチ。窓の枠に沿ってちょんちょんと跳ねるように左右に動いているスズメ。

長年の自重による圧力によって窓枠が歪んでいるのであろう、窓には隙間が空いていて、というか隙間だとかそんな良いものではないのだけれど。

斜めに歪んだ窓は窓枠が見えてないんですか?って聞きたくなるほどに斜になっている。

一度、凹むのを承知で分度器を使ってどのくらい曲がってるのか計ってみたことがあった。数値にしてしまうと絶望感が増すので、忘れたことにした。

とまあ、それだけの空間が開いているのだ、そりゃスズメも入ってくるだろう。

「おら、壁にぶつかる前に出ていけ」

オレはゆっくりと窓を開ける。

窓は例の角度を保ったままの歪な形でちょっとずつズレていく。ゆっくり窓開けているというのは少し語弊があるのかもしれない、何故なら力いっぱいに動かしてこのスピードなのだから。

「この保たれた角度って物理的に無理ないか?ちょっとした奇跡だろ」

ようやく開け放った窓からスズメは元気よく飛び立った。スズメの置き土産なのだろうか、優しい風が舞い込んできた。

「あー、いい風入ってきたぁ」

うだるような陽射し。それをまぎらわすかの様に吹き抜けた冷たい風が、オレの金色の髪をなびかせていた。