雪貴はふふっと軽く笑うように、そして覚悟を決めたようにつぶやいた。


「俺にとって君に会わずに、ひたすらがんばって仕事を成功させてきた10年間はとても長かった。
やっと、君を迎えにいけると思って、君が困っているときを救えると思って邸まで連れてきて・・・ほんとに幸せだった。

だけど、俺だけの自己満足じゃいけないとわかって、今こうしている。
だが、気がつけば今度は俺の方が切羽詰ってるんじゃないかって思えてきてね、余裕がぜんぜんないんだ。」


「もう、俺にまとわりつかないのかって文句言わないんですか?」


「言わせてくれないし、まとわりつくこともしてくれないだろう?」


「私のこと嫌いになっちゃったんですか?」


「俺は嫌いになるわけない。
けど、最近は俺の心をわしづかみにしていった少女は夢になったんじゃないのかって・・・。
『私をお嫁さんにして』ってずっと頭に残ってたからがんばれたんだけど、あれから時間がたってしまったからな。
少女が他の男と水族館だの動物園だの、遊園地だの映画館だのデートしてるのをとがめる資格なんて俺にはないんだし。」


「あの・・・雪貴さんは私を水族館へ連れていってくれないんですか?
やっぱりビキニ姿でバッチリ決めて、ビーチを歩く女性が希望じゃないんですか?」


「どうして・・・そんなこと。
俺はそんなのに興味はない。
宣伝用にビキニ姿の女性が必要なら、モデル事務所に頼めばいいだけだし、君が希望するなら水族館でも動物園でも連れていきたい。」


「私をお嫁さんにしてって頼めば、許してくれるんですか?」


「えっ!?」


「記憶が薄くなっちゃってるだけなら・・・何か誤解されてるなら・・・まだいいますよ。
私をお嫁さんにしてください。
もう少しだけ待ってください。」


「祥子・・・。今から水族館へ行こう!
食事は帰ってきてからでもいいよな。」


「はい。あの・・・でも仕事用のスーツは・・・」


「大丈夫、カジュアルなのもパジャマも持ってきている。」


「えっ!!?」


「君の返答しだいでは徹夜で説得しなきゃだめかとも思ってたから、服は用意してきた。」


「なんで・・・そんな。」


「こいつは一途な男だってことですよ。
私は優柔不断だったから、早く結婚して子どももいるんですが、雪貴様は売約済みだからどんな誘惑もはねつけて待っていなくてはならないっていうのが口癖でね。」


「本当なんですか、三枝さんの話・・・?」


「気持ち悪いって思うかな。
かなりつらかったのは事実だけど・・・俺はそう思ってたから。」


「ごめんなさい。くじけそうになってたのは雪貴さんだけじゃなくて、私もそうだったから・・・。
私の事件も知られているし、ずっと思われているわけないとか思っちゃって。
それに今の雪貴さんなら、きれいな人の方からどんどん寄ってくるわけだから、私なんて。」


「金目当てに寄ってこられても相手にしないさ。
そんなの関係なしに思ってくれるのは、あの少女だけだと言い聞かせてたよ。
さぁ、行こうか。」