桧谷祥子(ひたにしょうこ)は自分に何が起こったのか、まだわからないまま目を覚ました。

「ここはどこなの?
あなたは・・・誰?」


「お目覚め早々、文句をいうことになるとは思わなかったけど、俺の名前を・・・いや、俺の顔を忘れたなんて言わせないぞ。
早く大きくなってあなたのお嫁さんになりたいって懇願したのはおまえだからな。」


「はぁ?えぇぇえええ!
何それ?
誰がそんなことをいうの?
何か勘違いしてるんじゃないの?

私はそんなこといったおぼえなんかない!
そんなこというなんて私・・・どうして・・・?
あっ・・・でも・・・」


「ごちゃごちゃ、わけわかんないこというなよ。
おまえは俺に嫁にしてほしいっていったんだよ。
都合よく忘れたなんて言わせないからなっ!

嫌でも思い出させてやる。
10年ぶりのキスだ。」


「えっ・・・なっ・・・やめ・・・んっ!
うっ・・・ぐっ・・・はぁ・・・」


祥子はどう見ても大人の男に抱きすくめられて、激しい大人のキスをうけた。

強い力で体を押さえつけられ身動きもできない。

それでいて唇もはずしてもらえない。

しかし、ただ乱暴なわけではなく、祥子の唇はとても懐かしく感じるほどに男のキスは優しかった。


「やめ・・・て・・・ううっ」


祥子は初めてのキスに涙を流さずにはいられなかった。
相手の名前も知らず、いきなり10年ぶりだなどと言われて、自分には10年前の記憶がない。

この目の前の男の顔をどうしても思い出さないのだから、情けないったらありゃしない。

それなのに、いきなりの濃厚なキスに喜びさえ感じている自分が恥ずかしくてしょうがない。


「おぃ・・・本当に俺を覚えていないのか?
どうしてそんなに泣く?
何があったんだ?

おまえは桧谷祥子だろう?
俺は佐伯雪貴だ。雪ちゃんって呼んでくれてたろう?
ちゃんと、おまえを迎えにきたんだぞ。」


「迎えに・・・って?
ごめんなさい・・・私10年前頃の記憶がないの。
どうしても思い出せないの。

だけど・・・。」


「だけど?」


「私の唇はあなたを知っている・・・そんな気がするの。
思い出したいのに思い出せない・・・佐伯さん?ほどきれいなお兄さんがお迎えにきてくれたなんて信じられなくて。」


「記憶がなくなっているのはショックだけど、うれしいことを言ってくれるね。
教育するのが楽しみだ。」


「教育って私・・・。」