突如、世界が暗転した。
校舎の屋上から見上げる空に、黒雲が渦巻き始める。渦の中心から鉤爪の巨大な手がぬっと伸びて、瞬く間に私の体を掴み挙げた。
「きゃあぁっ!」
悲鳴と共に空へ連れ去られそうになったとき、駆け込んできた彼が、屋上を蹴って跳躍した。右手に握った日本刀が一閃。私の頭の上で巨大な鬼の腕を切り落とす。
支えを失った私の体を左腕に抱え、彼は屋上にひらりと着地した。
まるで荷物なんだけど。そう思った途端、どさりと下ろされた。やっぱり荷物だ。勘違いじゃなかった。
鬼の腕も日本刀も霞のように消え、空が明るくなってくる。彼は胸ポケットから取り出したメガネをかけて、冷ややかに私を見下ろす。
「ひとりになるなって言ってあるだろう」
「ごめん」
彼は冷徹な風紀委員長。でも人間じゃない。この地と異界への扉を守る門番の神獣。私はその扉を開く鍵。
彼が私を守るのは、私が異形の手に落ちれば、この地が異形に蹂躙されるから。
「行くぞ」
「あ、待って」
さっさと行こうとする彼の背中に向かって手を伸ばす。情けないことにびっくりしすぎて動けなくなっていた。
振り返った彼が呆れたように言う。
「腰を抜かしたのか。いいかげん慣れろ」
「慣れるわけないじゃない。あんなの普通に怖いよ」
「しょうがない奴だ」
ため息をついて歩み寄った彼は、軽々と私を抱き上げ、そのまま屋上を出て行こうとした。
「ちょっ! 待って待って! このまま校舎に入るの!?」
「また奴が来たらやっかいだからな」
「そうかもしれないけど!」
お姫様だっこで校舎の中を練り歩くなんて!
「委員長が一緒なら大丈夫でしょ? もう少し待ってくれたら自分で歩くから」
「……わかった。もう俺のそばを離れるな」
「うん」
また荷物のように落とされるのかと思ったら、彼は私を抱えたままじっとその場に佇む。
近すぎる顔の距離と力強い腕の温もりにドキドキする。守られていることを実感する。
高鳴る鼓動と共にどんどん好きが加速する。
私を守ることが彼の使命でも、この気持ちは止められない。でも恥ずかしいから、まだ内緒。
……たぶん、鼻で笑われそうだし。