8月3日の早朝…、
僕はまだ夢の中にいた。

「藍って、変わった名前だな。…私は好きだけど。」


美貴さんの、長い黒髪がふわりと揺れた。


「え…好きって…。」


「だから、私は藍の事が…。」


照れる顔も、可愛い。
普段はクールそうなのに。

でも、美貴さん。
本当に僕でいいの?僕なんかで。


「起きろ!起きろ起きろ起きろッ!」


「うあああッ!!」


一体、何事だ!?

僕はベッドから跳ね起きると、すぐ近くに朱羅の顔があったので、再び悲鳴をあげた!


「ぎゃあああッ!!貴様、僕の部屋で何してやがる!!」


ドアに、「ノックしてね」と書いてあるだろ!


「何回呼んでも起きなかったから、直接起こしに来た。…ふふ、照れなくてもいいぞ。女の子に起こしてもらえるなんて、男としては嬉しいだろ?」


ああ、お前以外ならな…。


「せっかく、いい夢見てたのに!!」


「朝から不機嫌だな。…低血圧か?…それより、早く行くぞ。」


は?行くって、どちらに?


「早朝ランニングに決まってる。」


「いってらっしゃい。迷子になるなよ。」


僕は、寝る!寝直す!


「ダメだ。藍、お前も行くんだ。未来の妻である私が、変な男にナンパされたら、どうする?」


「大丈夫だ、その心配はまったくない。」


「どういう意味だ…?」


結局。
朱羅がピーピーうるさいので、僕は、無理矢理連れ出されるはめになった。


「…だる。」


「そんなことだから、藍はひ弱なんだ!もっと男らしくなろう、とか思わないのか?」


思うけど。
でも、呪いのせいで、一生彼女が出来ないんなら、無駄な努力はしたくないな。


「ほら、遅れてるぞ!もっとスピードをあげろ!」


朱羅、君は一人で頑張れ。…僕は、帰って寝直すよ。


そう思いかけた時。


僕らの前方から、見知った顔が現れた。


「よ!藍じゃないか。お前もランニングか?」


クラスメイトの浩紀。


そう言えば、毎朝走ってるって聞いたことがあるな。


あの逞しさは、日頃の絶え間ない努力の賜物なんだな。…ちょっと尊敬。


「僕は今日からだよ。浩紀は偉いな。」


「別に偉くはないよ。…ところで、その子は?」


ヤバい…朱羅の存在をすっかり忘れてた。


「私は藍のイイナズ…」

「あーーッ!」


僕は叫んだ。


「じ、実は、こいつは妹なんだ。隠しててごめん!」


「妹?…一人っ子じゃなかったか?」


浩紀のやつ、朱羅を観察してる。…似てないって思ったかな。


「実は、うちの父さんの隠し子でさ!!全然、似てないだろ?…夏休みだから、うちに遊びに来てるんだよ!!」



はあ、はあ。
うまく誤魔化せたかな?


「ふうん。藍のとこ、複雑なんだな。…じゃ、俺行くわ。」


「お、おう!またな。」

浩紀は風のように走り去って行った。


朱羅が、僕を白い目でにらんでいる。


「仕方ないだろ?…なんて説明するんだよ。」


「許嫁、と素直に言えば?」


「僕は認めてない!」


そうだよ。
僕は好きでもない奴と付き合ったり、結婚したり、なんて…そんなの嫌なんだ!


朱羅だって、同じだろ?…君が呪いを解くために僕と結婚しても、君のお父さんは喜ばない。…可哀想だけど。


「お前、誰かを好きになった事、ないだろ?まだ子供だもんな。」


「私は子供じゃない!」


朱羅はぷくっと頬をふくらませると、走り出した。


僕は仕方なくその後を追う。