暗闇の恋

あれから久しぶりにこの街に帰ってきた。
休学届けを出したけれど、あと一週間で夏休みが終わる。
いろんな事を中途半端にしてるのが嫌で帰って来た。
卒業はしたいと思ったから…。
それにまだ私は郁を忘れていない。
もう一度郁に会って、ちゃんと終わらせたい。
じゃないと進めないような気がしていた。
昨日、明日そっちに帰るから会いたいとメールをした。
しばらくして返信が来てバイトが入ってるからと、夕方から会うことになった。
郁とよく行っていたカフェはあの交差点の近く…あの子に会いたくなかった。
だからあの交差点から離れたカフェを選んだ。
待ち合わせの時間より少し早めに着いたのに店内に入ると、すでに郁の姿があった。
一カ月ぐらい会ってないのに後ろ姿でも郁だとすぐにわかる。
少し髪切ったんだ…。
心がざわつく。
今日はちゃんと別れる為に来たのに、また郁に触れたいと手が言ってる。
一度深呼吸して郁が座る席に近付いた。
『久しぶり…元気にしてた?』
『まどか…うん。元気…まどかは?』
変わらない笑顔…少し痩せたかもしれないと思った。
『私は元気…手話久しぶり…ちゃんと出来てる?』
『うん…変わらない。優しさがある手話のままだよ。』
そんな台詞…なんの悪気もないから困る。
『あの子と…うまくいってるの?』
『いや…会ってない。きっとダメなんだと思う。まどかを泣かした罰だな。』
そんな淋しそうに笑わないで…余計言えなくなるじゃない。
『あのね…今日は…』
言おうとして言葉が出てこない。
ちゃんと終わらせたいの…なんて本当は言いたくないよ。
『どうした?』
郁が覗き込むように聞いてきた。
自分の中で決心して顔を上げた。
その瞬間視界にあの子が飛び込んできた!
思わず、また顔を伏せた。
ゆっくり顔を上げて確かめる。
郁は私だけを見ていて来たことに気付いていない。
隣の席に案内されあの子と、その友達が座った。
ついたてがあるおかげでお互い見ることはなくなった。
向こうも気付いていない。
私だけがこの状況を知っている。
待って…少し落ち着こう。
郁は聞こえない…声を出すこともない。
あの子は見えない。郁の声を聞くこともないから私の声を聞かなければわからない…?
最後まで手話で会話をすればいい。
『あっごめん…少し考え事してた…。今日はね…休学届け取り下げてもらって復学しようって決めたの…ちゃんと卒業しようって思って…だから郁には先に言っておきたくて…心配かけたし…。』
『そっか…今日はこの後予定あるの?』
郁の問いかけを私は聞けなかった。
隣の席から、あの子たちが郁の名前を出した。
耳を澄ませた。
「その後どうなったの?」
「郁とはあれから会ってない…どうしていいのかわからなくて…。」
「あぁあのこと?」
何?あの事って…。
『まどか?聞いてる?』
『あっごめん…何?』
『この後予定ないなら晩メシでもどうかなって…』
『うん…いいよ。大丈夫。』
頭が混乱しそう…。
隣の会話が気になる。
なのに郁に誘われたことが嬉しくてたまらない。
その反面あの子がいつの間にか八雲さんから、郁と呼んでることに気付いて嫉妬する。
私が郁から離れてた間二人が距離を縮めたのがわかるから。
「うん…言えないよ…郁の耳…聞こえなくなったのは私のお父さんのせいなんて…。」
えっどうゆう事?
郁の耳が聞こえなくなったのが、あの子の父親のせい?
「でも嫌な偶然だよね…神様っていないんじゃない?!」
「…でも、郁と出会えた事は幸せなことなの…だから余計言えなくて…。」
なにを言ってるのか、理解出来ない。
頭の中がぐちゃぐちゃで整理が出来ない。
私はゆっくり席を立った。
『まどか?どうしたの?』
私は郁の手を握って手話を止めた。
『待ってて…。』
あの子の元に歩いて行く。
私の後を追う行くの目線を感じる。
その先に郁もあの子を確認したのか、慌てて私の腕を掴んで止める。
「離して!!」
私の声を聞いた、あの子が振り返った。
「まどか…さん…?」
私とわかった瞬間顔が強張る。
『まどか…やめよう!!』
私とあの子の間に郁が割って入る。
あの子を庇う様に私に向かって腕を広げた。
その言動はあの子への抑えていた今までの怒りや嫉妬を爆発させるには十分な力だった。
「今言ってたこと何?どうゆうこと?郁の…郁の耳が聞こえなくなったのが、あなたのお父さんのせいってどうゆうこと?!」
勢いに任せて問い詰めた。
私の唇を読んだ郁の表情が凍りつく。
郁の肩越しに見えた彼女もまた泣きそうな顔をしている。
私…悪者みたいだ…。
その光景はあまりにも惨めに思えた。
「あっ…それは…」
郁は私に背を向け彼女に詰め寄った。
『どうゆうこと?今まどかが言ったこと説明して!!』
見えない彼女に郁は手話で聞いた。
それだけ動揺してるんだ…。
郁は私を振り返り伝えてほしいと、言った。
私は言われた通り彼女に郁の言葉を伝えた。
なのに彼女は黙ったまま。
私たちの間に沈黙が流れた…。
「あの…他のお客様の迷惑になるので…。」
沈黙を破ったのは店の店員。
とりあえず私たちは同じ席に着いた。

《説明してくれないか?黙られるとわからない。》
郁はあの日の様に彼女の手に文字を書いた。
「ごめんなさい。まどかさんが言った通りなの…私の目が見えなくなったのは4歳の時…お父さんと出掛けた帰り道事故に遭って見えなくなった。」
彼女はゆっくり話始めた。
ここに私が居るのはおかしいかもしれない。
きっとこの子の友達も関係ない。
この話は二人の問題…。
「待って…二人で話したほうがいい…私席外すから…。」
立とうとした私を止めたのは、郁でもこの子でもなく、友達の女の子だった。
びっくりしてるとその子は私に向かって口を開いた。
「大体のことは歩から聞いてます。初対面でなんですけど、まどかさんは居るべきだと思います。聞く権利があると思うんです。歩…私は先に帰るね。」
「うん…理沙、ありがとう。」
理沙と呼ばれたその子は軽く会釈し帰って行った。
高校なのに凄く大人に思えた。
私なんかより、よっぽどしっかりしてる。
「それじゃ話します。」
そう言って彼女は話始めた。
彼女が話せば話すほど郁の表情は強張って行った。
泣きそうな顔を見て思わず郁の手を握った。
郁は私の手を握り返した。
わかってる…これは愛情じゃない。
ただ誰でもいいから欲しかっただけの温もり。
それでも、久しぶりに感じた郁の手の感触は不謹慎とわかっていながらも胸が踊った。
話終わると郁はあの子の手のひらに何かを書いた。
少し体を伸ばして見ようと思った。
《ごめん…僕には君との未来は考えられない。…さようなら》
郁の表情がグチャっと歪んだ。
「待って!!私の気持ちとお父さんが事故を起こしたのはそんなに関係があるの?」
そう言った彼女の言葉は郁には届かない。
すでに席を立ち私に『行こう』と言って出入り口に向かってる。
「歩ちゃん…。」
「まどかさん、郁を止めてください。まだ話終わってないから…。」
図々しい…。
「ごめんね。それは出来ない。郁の気持ち考えれば無理ってことぐらい子供の貴女にもわかるでしょ?これ以上、郁を傷付けないであげて…じゃここは払っておくから、気を付けて帰ってね。」
机に置かれた伝票を取って郁を追いかけた。
凄く嫌な言い方で、あの子を突き放した。
あの頃の私も子供扱いされると嫌だった。
なのに、あの子に子供の…と言った。
レジで振り返りあの子を見た。
ほらね…やっぱり悔しそうな顔…。
郁とあの子じゃ、そもそも縁なんてなかったのよ。
支払いを終わり、お釣りとレシートを受け取る。
店を出ると少し離れたベンチで郁が座っていた。
『郁?』
『うん…大丈夫。御飯行こうか?』
『じゃなんか久しぶりに作ろうか?』
『いいね…じゃまどかのハンバーグが食べたいかな。』
郁は笑顔を見せて言ったけど、私には泣いてるように見えた。

二人で買い物して、アパートに帰った。
久しぶりの郁の家は懐かしい香りがした。
『すぐに御飯にする?』
『ううん、少し座ったら?暑かったし休憩しよう。』
『…うん。』
少し離れて座った。
クーラーのない部屋は扇風機が少し温い風を運んでくる。
『まどか…さっきそばに居てくれてありがとう。でもびっくりだよな。あんな偶然ありえないだろ!?』
冗談を言うような言い方…無理してるのが、わかりすぎて笑えない。
『僕の耳奪った奴の娘??そんな奴の娘と恋愛なんて出来るわけないよな。そんなこと知ったら母さん倒れてしまうだろ…?なんだよ…なんでなんだよ…。』
手話の先にある郁の顔が完全な泣き顔になった。
あの子の事で苦しんで、あの子の事で泣いている。
私には見せた事のない表情。
悔しい…悔しい。
なんでそんな顔するの?
あの子の事がそんなに好きなの?
でも、そのままになんて…郁をほっとくなんて出来ない!
私は郁を抱きしめた。
勢い余って押し倒すように倒れ込んだ。
びっくりしたのか郁は私を押しのけ離れた。
『ごめん…まどか、今日は帰って…じゃないと僕またまどかに……。』
「いいよ!!私それでもいい!あの子の代わりでも、あの子を忘れるためでもなんでもいい!」
『でも…それじゃまどかが…。』
「いいの。私郁のそばに居たい。だから、お願い…。」
涙が溢れる。
ここで泣くなんて卑怯なやり方だ。
でも堪えることが出来ない。
郁を想えば想うほど涙が溢れる。
「私…郁が好き。私が郁を幸せにする!だから、あの子の事は忘れて!」
郁が切ない表情をして私を抱きしめた。
そして、キスをした。
少し震えた優しいキス。
そのまま私たちは肌を重ねた。
扇風機だけではかばいきれない暑さは私たちの熱と合わさり一層暑さを増していった。
あの子の代わりでもいい。
初めて郁に抱かれた時もそう思ったんだ。
何があっても郁のそばにいよう。
この腕の中は私だけの場所であってほしいから。
その日、郁の家に泊まった。