いつかすべてを忘れても、きみだけはずっと消えないで。



私が何も言えずに俯くと、重なっていた春斗の右手がコソッと動き、私の左手に指先が絡まる。


“大丈夫だよ”


間接的に春斗からそう言われているようで、私は言葉を押し出した。


「あの、ね……」

「うん」

「朝起きたら、春斗のことすっかり忘れてて。写真を見ても、お母さんから春斗の名前を聞いても。全然、分からなくて……」

「ゆっくりでいいよ、心咲」


俯いたまま声を震わせる私の耳に、優しい春斗の声が届く。


「結局、お母さんが春斗のことを必死に教えてくれて、それで思い出せたんだけどね。ふと、先生が言ってたこと思い出しちゃって……」

「先生?」

「主治医の先生。病気が分かった最初の頃だったかな?先生に言われたの。“一番忘れたくないと思っている人を忘れたときは、全ての記憶が失くなる前かもしれない”って。それを思い出したら、怖くなっちゃって……」


視界が、涙でぼやける。