茜は、ハー、マジで腹イテェ、なんて言ってひとしきり笑った後、やっと笑いが止まった。
笑いすぎて目に浮かんだ涙を指ですくい取りながら、私に自然な優しい笑顔を向けてくる。
意地悪な笑顔なんかじゃなくて、両方の口角をほんの少しあげて、目をちょびっと細めた優しい笑顔。
何回か、でもほんとに少ししか見たことのないその笑顔を久しぶりに見て、私の心臓はドキンと跳ねた。
頬に熱が集まって、じんわり熱くなる。
でも茜のその優しげな目から目線はそらせなくて、じっと茜の目を見つめた。
ハー、なんて茜は息をついて。
「あー、もういいわ。お前になら知られても別にいい」
柔らかく軽い口調でそう言った。
その言葉に私は目を見開く。
「えっ、それって」
「知りたいんだろ、俺のこと。機嫌悪かった理由も、我を忘れて人を殴ってた理由も。
────俺の素性、知りてーんだろ」
変わらない、すこし顔を緩めた優しい笑顔でそう言った茜は。
私になら話してもいい、話せるって思ってくれたんだ。
何がきっかけで、茜の知られたくないって思ってた柵が取れたのか分からないけど。
────話して、くれるなら。
「知りたい、茜のこと。教えて欲しいよ、全部」
まっすぐ目を見てそう言った私に、茜はフッと笑うと。
一回砂に目線を落として。
それから、目線を上げて真っ黒な海を眺めて口を開いた。
入ったら、抜け出せなくなりそうな闇の色をした海が揺れて。
あたりに音が静かに響いた。
────夜の海は、私にはまだ怖い。