「オイ」
男から発せられた言葉でハッと我に返った。
真っ直ぐに突き刺さる視線。
漆黒の瞳が返答を求めているのは分かっていたけど返事はしなかった。
というより、言葉が出なかった。
真っ直ぐな漆黒の瞳に飲み込まれて何も言えない。
そうしている間に男の背後にたたずむ満月が男をほのかに照らし、サァッと夜風が頬をかすめていく。
得体が知れない男だけど、不思議と不快感や嫌悪感は湧かなくて。
なんであたしに話し掛けにきたの?
その疑問だけが脳内を埋め尽くしてグルグルと回る。
そんなあたしを他所に、男は探るように目を細め、再度口を開いた。
「今すぐ消えろ」
「………」
「………」
「……は?」
男が発したその言葉に一瞬間が開いた。
……えぇーと。ちょっと待って。
この人今なんて言った?幻聴?
今『今すぐ消えろ』って聞こえたよね?
まさか、ね。
そうだよ。幻聴だよ。
初対面の人に消えろだなんて言わないよね。
「聞こえなかったか?今すぐ此処から消えろっつってんだよ」
……いや、幻聴じゃなかったらしい。