天翔ける君






千鬼が小さなうめき声を上げる。
ゆっくりと千鬼がその場に膝をつく様が、恵都の瞳に鮮明に映る。

邪魔になったのか、千鬼は面頬を乱暴に外して投げ捨てた。

「――これで、いいだろう」

口を自らの血でべっとりと汚した千鬼が、夜鬼を睨みつけた。
千鬼はその気迫でもって、場の全員を凍りつかせた。

一瞬、誰も動けなかった。

まず動いたのは、ただの人間の恵都だった。

さすがの夜鬼にも隙ができた。
驚きのせいで硬直したのか、恵都は夜鬼の手から簡単に抜け出すことができたのだ。

次に動いたのは山吹だった。
千鬼に駆け寄る恵都を背に庇うように構える。

千鬼に駆け寄った恵都は、刀を握りしめたままの手を引きはがした。
放っておいたら、千鬼はそのまま腹を裂いてしまいそうだった。
沈み込んだ刀の周りから、じわじわと血が滲んで着物を染めている。

声が出ない。
千鬼の名前を呼びたいのに、声にならない。

恵都は千鬼の手を握りしめて、死なないでと誰にでもなく祈った。