「あなたの気持ちは解ってるわ。だって、まさか三十二歳で部長になるようなエリートコースを歩いてきたのに、奥さんと別れて汚名が広まったら嫌だものね」





 黙り込む彼に、あたしはもう一度キスをして欲しいとせがんだ。顔を寄せて、深く深く、口付ける。

 今度は、甘いミルクチョコレートの味はしなかった。

 あたしのこと、本当に愛してるの? 結婚、してくれるの? 接吻をした後、微笑を浮かべたまま問いかけると、彼は苦々しく、あぁ、本当だよと言った。

 彼は本当に、嘘をつくのが下手だ。

 彼から離れ、夜景が見渡せる窓際に置いたブランド物のカバンに近づくと、中から一つの小さな箱を取り出した。それは、両手で持てるくらいの、小さな箱。箱の表面には茶色い背景に真っ白なレースが描かれており、いかにも贈り物然とした様子で佇んでいた。

 部屋の真ん中に突っ立ったままの彼に駆け寄り、できる限りの満面の笑みで小さな箱を、渡す。





「……ありがとう」

「どういたしまして。ホワイトデーのお返しは、くれるの?」





 悩ましくあたしを見つめた彼は、やがて箱をそばにあったテーブルに置くと、あたしをゆっくりと、ベッドの上に押し倒す。あたしも、抗わない。彼の心拍数が上がるのを感じながら、耳元で囁いた。





「……奥さんからも、あたしからもチョコレートを貰えて、良かったわね」





 聞こえているのか、それとも聞こえていないのか。

 彼はあたしのバスローブを、剥いだ。

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