願い事を一つだけ。【短編】

「泣いたり、しないよー…ここに来てから椿、笑ってばっかだもん」


少し涙が収まってボヤけた視界が元に戻りつつある時、姉様が笑う気配がした。

「姉様…」


「もー、菖蒲ー…椿、誤解してたよー。菖蒲がお母さん達にイイ子ぶりっ子してたのはさ、」


イイ子ぶりっ子、言われてみるとキツいものがあるけど、私は確かにそうだった。

穏やかに、波風立てず過ごしていたらどうにかなる。

そう思っていたから。


「椿たちを…守る、ためだったんだねー。椿たちが、自由でいられたのはっ…菖蒲の、おかげだよ…」


ふと顔を上げると姉様が泣きながら笑っていた。


「姉様…」

「前みたいに呼べよ、お姉ちゃんって。俺も菖蒲がそんなんだと落ち着かねぇんだけど?」


凜兄がからかうように言った。


「…おおおお姉ちゃんっ!!」


物凄くどもったけど、言えた。


「なぁに?」


お姉ちゃんがにっこり首を傾げる。



嬉しさで、胸がはち切れそう。

またお姉ちゃんと仲良くなれた。

そうしたら、また菊乃姉とも会えるかもしれない。





期待に胸を膨らませ、私は英野家を後にした。



振り返ると、私の少し後ろで手を振るお姉ちゃんと。

庭に佇む2人の姿。


私たちを繋げてくれた、それはもう清廉で美しい天使───────咲さんが、凜兄とキスをしていた。