* * *




病室から見える、桜の木の下。
地面はまだ濡れている。


桜の太い幹に手をあてて、静かに目を閉じる。



伝えることはたくさんあるけれど、いまはただひとつ。
『ありがとう』って伝えたい。


ゆっくりと目を開いて、大きな桜の木を見上げる。
そしてすぐに、地面に視線を戻す。



たくさん落ちている、花のつぼみ。
あんなにふっくらしていて、もう少しで咲きそうだったのに……。



雨でびしょびしょに濡れていて、ぺしゃんこになったつぼみ。
昨日の大雨で、落ちてしまったんだ。


それを見ていると、どこか悲しくなってくる。



あたしの代わりに、莉子はきっと昨日たくさん泣いたんだね。



いま晴れている空を見上げると、莉子が笑ってる気がして。
そう思うと、悲しい気持ちはスーッとどこかに消えたような感じがした。