私は大きく空気を吸い込んでほっと息を吐いた

山の向こうにはもう日が昇っているらしく窓際からの光りは薄く手に持った四角いものを照らしていた

それは昨日拾ったもので、いつもと変わらずある風景にひとつだけ見慣れぬ物だったのでふと手にとって見たのだ

もともとは趣向のこった、素晴らしい細工がされていたのだろうがいまやそれを彷彿とさせるものは表面に目をこらしてようやくにんしきできる程度になった蔦や花の形の浮き彫りのみである

その凹凸に、すこしだけ昔の名残として薄汚れた赤や黄色がかすれて残っていた

両面緑色で内側には動物の革のようなものが挟まっていてその一枚一枚に文字のような羅列が印されている

文字のようなというのも自分の知らないものであるためで、文字だと断言できるわけではない

が、きっとそうだろうとおもったのは、自分が書物を好むため、とか言うことではなく一つ一つの模様が規則正しく綺麗に秩序を持って並んでいたからだった

自分の知らない文字で書かれた知らない文章

2000年以上生きた自分にも間だしらないことがあると見せ付けられたようで心が浮く



人の文献によれば私は天狐と呼ばれているらしい

らしいというのは、実際に面と向かって言われるわけではないからだ

ここには人は殆ど立ち入らないので、そのことをきいて後ずいぶん年を経た今には自分がどう呼ばれているのかは知らない





敷物の上に寝転がって四角いものを見ていると、外から自分を呼ぶ声がした

もうそんな時間かと窓に目をむけてみるとすっかり日は天上に輝いている

朝日が一筋、空になった酒瓶を窓枠の間から指していて、咎めるられているような気分でむくりと起き上がると、今日も今日とて変わりない天帝の子に礼をする

ほかの九人が打ち落とされても残りのひとつは恐れる様子もなく毎日天に昇って来るのだ

本当、恐れ入る