「これは秘密なんだけどね」

黒曜は小さい声で囁くように言うのでよく聞こえるよう額を付き合わせた

「ずっとむかし、ほんとうにずっとむかしにこの地に別の神様とその神様をしんこうする人達がいた時代に不思議なつぼがあってね、それっていうのが、その人達が信仰する神様の住家だったらしいんだ」

「ふんふん」

「でもある時、大きな洪水が起こって、人がみんなしんじゃうかもしれないってことがあってね、神様たちはあわてて、つぼに一番近くにあった村の人達を避難させたんだって」

「ただのいい話ではないか」

「でもね、人達が避難したあとも洪水はずっとずっと続いて人間は食べ物を食べなくちゃ生きていけないから、神様の中のひとりが自分の体を裂いて大地の代わりになって人々の食料をつくるための畑をつくてあげたんだ

他の神様達もいろいろ知恵を出し合ってどうにか人々は飢えをしのいだ

洪水が収まる頃にはつぼのなかは洪水が起こる前の村よりも豊かで安全な場所になっていた

でも人々は外の洪水が収まったことを知ると、すぐ外に出たがった

なんでかわかるかい?」

私はだまってくびを横に降る

「つぼのなかには太陽がなかったからさ

さすがの洪水も、天高く浮かぶ太陽までは飲み込めなかった

植物の神や水の神がいたから豊かだったけど、太陽を見たがったんだ」

私は彼がなにを言っているかが理解できず、一瞬戸惑った

「われらの知るところの太陽は天帝の子だ

それえではおまえが主を疑っているかのように聞こえる」

「そんなんじゃないよ、ただのお伽話さ」

黒曜はきまりわるそうに肩をすくめる

「僕らの知っているより外の、どこかの神話やお伽話がまざってこんなふうに伝わってるんだとおもう」

私は黒曜のその言葉にほっとした

そしてできるだけ静かな声でいう

「面白いお話ではあったが、ただの民謡だな」

私は黒曜がお伽話だと言ったときに安堵したことが、恥ずかしく、黒曜をみる眼差しが心なしか厳しくなっているのを自分でも感じた

もちろんそんな眼差しをうけた黒曜はただ悲しそうに眉ねを寄せただけで、またつぎの言葉をつむいでゆく

それは私に対する問いでもあった

「けど、よく迷い子が紛れ込むことがあるのは君もよく知っているだろ?」

「僕はこのお話がそれに関係しているんじゃないかとずっとおもってたんだ」

「面妖な話だの」

「ちょっとーしんじてないでしょ天孤」

「宮中の女たちのような物言いをするでない」

黒曜のものいいがかしましくてすこしだけわらう

「ごめん、天狐はなんでもしっているな
宮廷の女性たちっていつもこんなふうに秘密話ししているのかな」

こいつと私以外でしゃべるといえば今日会った木の精くらいで女の子のような話し方をするのはそいつの影響かと考える

「面白そうではないぞ」

「面白そうじゃない
愛憎渦巻く宮中」

「愛憎ではなく策略と嫉妬というところだろ
まあ平和ではあるな」

「宮中を平和なんて言うの天狐くらいだよ」

彼は自分の中に宮中像というものがあるらしい

「何故
平和であるからこそのあのどろどろであろ」

「うーん」

「どうでもよいわ
はやくいえ」

「えー」

「言わないなら私はもう失礼しようか」

「言う!言うからまだ帰らないで」

「そうだ」

「何天狐」


「大切なことを言うのを忘れていた」

「天狐結婚でもするの?永遠の妙齢なのに」

「妙齢なのにとはなんだ
なのにって」

「老けないいって褒めているんだよ
よろこぼうよ」

「リアルな青年の年代には言われたくないのだが」

「そんな言ったって天界でだよ
ばかにしないでほしいかなちょっと」

「どうせ地上育ちだろ
薬草マニアが」

「あれだって大切な仕事なんだよ
あれ、地上って一年何日だっけ?」

「お主の大切な薬草畑に聞いたらどうだ
教えてくれるぞ」